テーマ:一人暮らし

Forget Me Not

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 ジャガイモの花がすっかり終わり、涼しい風のなかにも夏を感じるようになった頃だった。僕はバイオプラントの脇に、見覚えのある植物たちを見つけた。どれも愛されて、まっすぐに伸びている様子だ。
 「205号室で育てていた鉢植えは、寮を出る時、みんな内緒でここに植え替えちゃったの」
 振り向くと、また少し日焼けしたマナさんが、首回りの黄色いバンダナをほどいていた。たまの昼休み、マナさんと僕は一緒にカフェで過ごす。一時期、僕の胸をすぅすぅさせていた物足りなさは、いつの間にか消えていた。
 「残念だけど、サボテンは枯れちゃった。土が合わなかったみたい」
 「それでも、植物はいいね。プログラム通りにいかないところもあわせて」
 僕はいま、自分の意志でプログラムを書き換えるロボットを開発しようと日々研究している。なかなかうまくいかなくて、プログラム通りに動く通常のものと違い、すぐに不調を起こしたり、暴走したり、ショートして壊れたりする。同級生や教授は、プログラム通りに動かないロボットなんて、なんの意味があるんだと笑うけれど、僕は本気だ。いっぽうで、マナさんの誕生日に向けてこつこつとつくっている、全自動スプリンクラーロボットは、いよいよ完成間近だ。
 マナさんが、僕に尋ねる。
 「元気?」
 「205なら、相変わらずだよ」
 答えると、少し間があり、マナさんははにかみながら、
 「あなたは、元気?」
 と言ったんだ。それで、僕は元気になった。
 空は晴れてすこんと青く、黄色い茄子の花が緑の匂いのする風に揺れている。まっすぐ刺さる陽射しに目がくらみそうになり、僕はマナさんをうながし、カフェのテラス席へと急いだ。
 オレンジジュースを一口飲むと、マナさんは僕を見て言った。
 「あたし、バイオプラントに守られていなくても、もう大丈夫な気がする」
 僕が言いかけるのを待たず、
 「最近、思うの。こうしてあなたと出会えたことは、205からの素敵なプレゼントだって」
 一息にそう言い、オレンジジュースを飲みほした。
 それをきいて、僕はとてもうれしくなった。
 「205に伝えるよ。きっと、すごく喜ぶ」
 すると、マナさんがほおずえをつき、ほほえみを浮かべて言った。
 「あなたは、どう?」
 思わずサンドイッチを飲み込んでしまった僕は、むせかえる。人間ってやつは、厄介だ。感情の回路がへんに複雑なおかげで、機械や植物のように、ストレートに気持ちを伝えることが、なかなかできない。胸をどんどんとたたいて深呼吸する僕の目には、マナさんのバンダナと、その向こうのバイオプラントに咲く茄子の花の黄色が、はたはたと風に揺れるのが映っていた。

Forget Me Not

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

この作品を
みんなにシェア

4月期作品のトップへ