テーマ:お隣さん

くしゃみ

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「ああ、わたしもね」とひとりの女性が、穏やかに涙を流す娘を、まるで身内のように抱きながら自分の旦那との恋について話し出すと、集まったそれぞれが、大事な人の思い出を語った。私は妻のことではなく、母のことを話した。みなさん、きてくれるでしょうか、と。「私の母が亡くなったときにも、みなさん集まってくれるでしょうか」「もちろん」「ええ」「わたしのときもお願いね」「おれなんて、あしたぽっくりいくかもなあ」老人たちは楽しげで、娘も笑顔だった。
 くしゃみの老人のお葬式は近くの葬儀会館で行われた。老人の棺桶には、娘が花壇で育てた花たちが入れられた。
「どうだった?」と、葬儀を終えて帰ってきた私に母が聞いた。「うん。いいお葬式だったよ」「あの人はねえ、ちぃちゃんのことをいいお嫁さんだって、いってくれたことがあるんだよ。あんたが学校にいっていて、ちぃちゃんが買い物にいってるときにね、私がベランダで洗濯物を干してたら、あの人もベランダに出てて、たばこを吸いながら、あの嫁さんはしっかりしてる、大事にしてあげないかんよって」
 妻が生きていたときにはまだ、老人と娘は隣に引っ越してきてはいなかった。母はもしかしたら、そのことをわかっていて、わざとボケたふりをしたのかもしれない。私は母が死んでもきっと泣かないだろう。母が死ぬときをヤマダさんとふたりで待っている。くしゃみをすると、いっしょに笑う。

くしゃみ

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