テーマ:ご当地物語 / 熱海

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 次の日、私はタクシー運転手が教えてくれた伊豆山神社の桜を見に行った。調べたところ参道の石段を全部上ると八三七段もあるというので、神社の一番近くまでタクシーで行って、帰りに石段を下ることにした。白い石の鳥居の前でタクシーを降りると、古めかしい石段が上の神社まで続いている。そうか、やはり石段を上らねば神社に着かないのだなと覚悟して腰をいたわりながらゆっくり石段を上った。木漏れ日が石段にまだらの影をゆらゆらと落としている。上りきると、濃淡様々な桜と奥にある赤い本殿が目に飛び込んできた。時々吹く風に枝垂桜がイソギンチャクのようにさわさわと枝先を揺らしている。桃色サンゴの竜宮城のようだった。感動しながら振り返ると、雲一つない空の下で海が魚のうろこのようにキラキラきらめいている。私は思わずホーッと感嘆の息をもらした。隣で三歳くらいのおかっぱ頭の女の子が「見て!海がピカピカしてる。お星さまが落ちているのかな。」と祖父らしき人に話している。思わず頬が緩んだ。
 参拝の後、しばらく神社内を徘徊し、色々なものを見て歩いた。神社の案内図の絵がなかなか味があって笑えた。ふと「道祖神」と彫られた石の前で足が止まる。説明書きによると「みちひらき」の神だという。今の私に一番ふさわしい気がして拝んでしまった。
 きらめく海に向かって下っていく帰り道の石段はなかなか面白かった。両脇は瀟洒な別荘らしき建物だったり、風情のある家だったり、かんきつ類のなる畑だったりした。熱海が生産日本一だという橙だろうか、夏ミカンのような大きな実がたわわになっていて枝が重そうだ。その橙色の実に太陽の光が燦々とあたって輝いている。ソメイヨシノの桜並木は上から見ると雲のようで、天界から下界を見下ろしているような気分になった。桜並木のところで、神社いた三歳くらいの女の子とその祖父にまた会った。女の子は桜を見上げてキャッキャしている。
「ステキね―。ポップコーンみたいねー。」
私はまた頬がゆるんだ。きっと、この女の子の目には熱海が、私とはまた別のおとぎの国に映っているのだろう。
 石段を一番下の走り湯神社のあたりまで下りたころには情けないことに足ががくがくし、腰も怪しくなってきたのでタクシーを呼んで家まで帰った。家の温泉に入れば治ると思ったが翌日もまだ腰やら太もものうしろからふくらはぎまでが痛む。困ったと思い、再び坊ちゃんの鍼灸院に予約を入れた。一昨日施術してもらったばかりだというのに何だか気恥ずかしい。しかし坊ちゃんはニコニコしながら親切に対応してくれた。

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