冬に眠る
「あっつ」
「あらやだ、お行儀悪い。手は洗ったんでしょうね」
お母さんが顔をしかめる。
「洗った洗った。ああ、これ美味しいね」
ぱっとお母さんの顔が明るくなる。
「本当? 良かったわあ。味見とか全然しなかったからちょっと心配だったのよね。お母さんも実はちょっと鼻詰まってるし」
「えっ、嘘。それ檀からもらったんじゃないの」
「んー。多分お母さんの方が先かな」
「なにそれ困る。うつさないでよ」
「大丈夫よ。お母さんのはただ鼻詰まってるだけだから」
はっきりと言い切ったけど、それは大丈夫と言えるのか。
「分かったから。ご飯食べたらあったかくして早めに寝なよ」
「はーい」
お母さんはもうすぐ五十になるのに、時々とても子どもみたいだ。
「なつめ。着替えてからご飯食べるでしょう」
「いや、別に着替えないけど」
「あらそう? 荷物置きに行くついででもいいから、ちょっと檀の様子見てきてくれないかしら」
「ええー。上行くのめんどくさい」
「そんなこと言わないで。昼もずっと寝てたからそろそろお腹空いてくる頃だと思うのよね。ご飯食べられそうだったら降りてらっしゃいって言ってあげてよ」
「風邪うつされたら嫌なんだけど」
「なつめ。お願い。ね、お母さん卵溶いておくから」
どうせ行くことになるのは分かっているし、実際それほど嫌でもなんでもないのだけれど、初めに行きたくない雰囲気を醸してしまったせいで、分かったと言いづらくなってしまった。
「しょうがないなあ。行ってくるよ」
自分への言い訳のように呟いて、キッチンを出る。
「悪いわね。寝てたら起こさなくていいから」
「はいはーい」
適当に返事を返しながら階段を昇る。檀はどうも軟弱で、毎年冬になると、年中行事で決められてるのかと思うくらいきっちり必ず体調を崩す。同じものを食べて同じように暮らしているのに、檀の数倍忙しく働いているはずの私がこの数年、風邪の一つもひいていないのだから、ゲームやらネットに明け暮れる不健全な生活がやっぱり悪いに違いない。
ドアを軽くノックする。返事はない。寝てるかな。静かにドアを開けて、部屋に入る。
「檀」
いつも声がでかいと言われるから、抑えた声で呼ぶ。眠っていると思ったのに、檀は寝返りを打って、かさかさの声で
「ん。なに」
と応えた。
「ふふ。あんた、ひっどい声」
「笑うなよ。俺、病人なんだけど」
「ごめんごめん」
なんで人が弱ってるのに嬉しそうなんだよ、と檀がひとりごちる。
冬に眠る