冬に眠る

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「で? なにしに来たの」
「それは、ちょっと様子見に、でしょ」
 ふうん、と力の抜けた檀の声がする。
「どうよ、調子は。なんか食べられそう? 夕飯、汁ビーフンだけど」
 檀は布団の中でううーんと唸ってからぼそりと言った。
「食べる」
 その言い方が小さな子どもみたいで、私はまた少し笑ってしまう。
「だからなに?」
 うんざりしたように檀が問う。
「なんでもない」
 なんでもないなら笑うなよ、とくぐもった声が耳に届く。檀が長く重い溜め息を吐いた。
「からかいに来たんならさあ」
 声に力がこもる。あらら、これは思ったより弱ってるのかな。
「そんなわけないでしょ。笑ったのは悪かったけど、私だってこれでも一応心配してんだよ」
 いつも脱力しきった喋り方をする檀がこうなるときは、怒り出すときか泣きそうなくらい辛いとき。分かりやすくて可愛いなあと思う。こんなこと言ったら、絶対嫌がられるから、決して口には出さないけれど。
 大学生にもなった弟が風邪をひいたくらいで、今更いちいち動じたりはしない。必ず治ると分かっているし、気を揉むようなことでもない。それでも檀が弱っている様子を目の当たりにすると、どうしても思い出す夜がある。
 少し間があって、檀がゆっくり身体を起こした。鼻先まで届く鬱陶しい前髪が檀の表情を隠しているけれど、聞こえてきたのはいつもの平坦な声だった。
「だったらもうちょっと声抑えてくんない? 姉ちゃん声でかい。頭に響く」
 出たよ、いつもの憎まれ口。
「あっらあ。それは悪かったわね。これでも十分抑えてるつもりだったんだけど」
 敢えて声を張ると
「ボリュームぶっ壊れてんの? ほんと今は勘弁して。割れる」
と檀が頭を抱えた。
 私よりも大きくなった両手の間、頭のてっぺんにとんと手を置く。檀はなにか言いかけたけれど、
「早く元気になりな」
と声をかけたら黙った。寝すぎてぼさぼさになった髪を少し撫でて、踵を返す。
 ドアを開けてから、振り返る。
「食べるなら降りといで。さっさとしないと麺が伸びるよ」
 そう言うと、少しの間があって、暗い部屋の中から、分かった、と素直な声が返ってきた。
 元気になれと言っておいてなんだけれど、たまにしか見られない弱った弟がなんだかちょっと愛しくて、階段を降りた私の顔は、きっと少し緩んでいた。

冬に眠る

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