冬に眠る

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 檀はぷうっと頬を膨らます。
「もうつかれちゃった」
「そんなこと言って。もう元気になったんだろ。昨日もおうちの中ずっと走り回ってたじゃないか」
 でも、と檀が大きな声を出す。
「ぼく、びょういんがんばったんだもん」
 あからさまに俯いて黒めがちな瞳を潤ませる姿に、ぐっと言葉を飲み込む。その言葉を出せば私が強く言えないことを、幼いながらに分かっているようだ。
 末っ子であり長男である檀は、先日風邪をこじらせ、三才にして初めての入院を経験した。風邪も舐めると恐ろしい、と妻が医者で散々脅されてきたせいで、入院前はちょっとした口論になったが、結果的にはただの検査入院で済んで、一泊だけですぐ自宅に帰された。
 それでも、予防注射くらいでしか病院に世話になってこなかった我が家の面々にとっては一大事で、入院の日は大変な騒ぎになった。学校に行く子どもたちをいつもより少し早く起こして説明をすれば、長女のなつめは私に掴みかかって泣き叫ぶし、次女のすぐりはぼんやりとくしゃみをしている檀を抱きしめたまま号泣して離さない。挙句にその姿を見た妻まで泣き出す始末で、なんとか説き伏せて二人を学校に行かせることが出来たのは学校の始業時間ぎりぎりだった。
 当の檀はというと、周囲の慌て具合など意に介すそぶりも見せず、終始お気に入りの飛行機のおもちゃで遊んでいた。面会時間内に私たちの前ですっと寝入って、朝も看護師さんたちに優しくしてもらったらしくご機嫌で退院したのだから、我が息子ながら、なかなか大したものだと思う。
 檀は甘え上手だからこれまで結構甘やかしてきてしまったけれど、今回のことがあって、私たちは少し反省した。もっと身体を強くしてあげないと、将来この子は困るのではないか。これからは少し厳しめに、檀を鍛える。妻とそう決めたばかりだった。だからな、息子よ。そんな可愛い顔をして甘えても駄目だぞ。
 檀に目線を合わせて、諭す。
「檀ももうすぐ年中さんになるんだろう?」
「うん」
 幼稚園でお兄ちゃんお姉ちゃんにたくさん遊んでもらっている檀は、年中さんに上がることをとても楽しみにしているようだった。
「年中のお兄さんなら頑張って歩けるな。だっこだっこって言ってたら、かっこわるいぞ」
 檀は口をむにゃむにゃと動かして反抗しようとしているようだけれど、返す言葉が見つからないようだ。
 よし。このまま行けば、赤ちゃん扱いが嫌いな檀はきっと自分で歩き出す。歩きたくない気持ちとかっこわるいのが嫌な気持ちを戦わせて難しい顔をしている檀が愛らしく、笑ってしまいそうになる気持ちを抑えてじっと見守る。

冬に眠る

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