冬に眠る
「まゆ、喜ぶかなあ」
すぐりはここもぺんぎんも初めてじゃないはずなのにやけに嬉しそうだと思ったら、そうか、そういうことか。
「うん。そうだな。きっと大喜びだろうな」
「ほら見て。着いてもいないのにもう大はしゃぎ」
先行く二人を指差して妻が笑う。スピードを出したりくるくる回ったりしながら進むなつめの背中で、檀はけらけらと声を上げている。
「ほんとだ」
つられたようにすぐりも笑う。
「まゆ楽しそう」
こちらが見ていることに気が付いたのか、なつめが
「お父さん、お母さん。はやくー」
とよく通る声で呼ぶ。
「道分かんなーい」
分かれ道のところで立ち止まり、さっきの表情が嘘のようなあどけない顔で笑っている。
分からないなあ、と思う。掴めたと思ったらすぐに知らない顔を見せて、子どもたちはぐんぐん成長していく。
「なつめは本当に元気ね」
「ああ。あれは帰り爆睡コースだな」
笑い合いながら小さな手を引いて、二人の背中を追いかけた。
リビングの扉を開けると、ふわりとだしが香った。誘われたようにお腹が鳴る。鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜているお母さんに
「ただいま」
と声をかけると、私の姿を見て、あらっと声を上げた。
「お父さんかと思った。今日は早かったのね、なつめ」
「ここ最近やってた大きい仕事、やっと片付いて。今日はちょっと早く帰らせてもらえたんだ」
残業続きの生活に慣れてはいるけれど、こうして言葉に出すと、声が疲れていることに気付く。
「そうだったの。それは本当にお疲れ様ね。ご飯、食べるでしょ?」
「うん。お腹空いた」
空になった弁当箱を水につけて、お母さんの後ろから、湯気の上がった鍋を覗き込み、首を傾げる。
「なに。誰か具合悪いの?」
たっぷりのほうれん草と半透明の細麺が鍋の中で踊っている。塩で薄く味をつけ、この上に卵を溶いた汁ビーフンは、我が家では病人食の定番だった。世間一般では具合が悪いときにはお粥、と相場が決まっているようだけれど、三十年近くこの家にいて、体調を崩してお粥が出てきたことは多分一度もない。
「そうなのよ。今朝から檀が熱出しててね。どうやら昨日からちょっと調子悪かったみたいなのよ」
「どうせ夜更かしが原因でしょ」
春休みだからって、毎晩遅くまでゲームばっかりしてるんだ。全く。大学生は気楽でいいよ。
お母さんがよそったばかりの器から人参をひょいと摘み上げ、口に放る。鍋から上がったばかりのそれは熱くて、手も口も火傷しそうになる。
冬に眠る