冬に眠る

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 顔を思いきりしかめた檀がううんと呻いて小さな身体を揺すったとき、私の顔に影が落ちた。
「まゆ」
 見上げると、なつめがすぐ横に立っていた。いつもはきりっと大人びた表情をしているなつめが、とても優しい顔で微笑んで檀に手を差し出す。
「おいで。だっこは無理だけど、お姉ちゃんがおんぶしてあげる」
 おいおい、なにを言うんだ。せっかく檀が歩き出しそうだったのに! 口を挟もうとしたら、なつめにきっと睨まれた。
「檀に意地悪しないで」
 私だけに聞こえる声で言われて、口をつぐむ。その口調は、きつくものを言うときの妻に驚くほど似ていた。入院騒動以降、この子は以前にもましてしっかりしてきたような気がする。
 なつめの言葉を聞いた檀は、
「おんぶ!」
と目を輝かせ、すぐさまなつめの手を取ると、ぴょんとベンチから降りた。
「なつねえ、おんぶ!」
 もう歩けないと言っていた檀は、ぴょんぴょこ飛び跳ねて、
「はいはい」
と笑うなつめの背中に勢いよく飛び乗った。なつめはその小さな背中で檀を受け止めると、一瞬前まで厳しい形相で私を睨んだ子とは思えない穏やかな表情ですっと立ち上がる。
「檀。次はなにが見たい?」
「ぺんぎんさん!」
 なつめの背中で檀がはしゃぐ。
「ぺんぎんさんね。よぉし。分かった。それじゃあ、ぺんぎんさん目指して、出発進行!」
 教育番組のお姉さん顔負けの口調でそう言うと、なつめは檀を背負ってさくさく歩き出す。
「檀のやつ、疲れたとか言っちゃって、まだまだ元気じゃないか」
 まあ分かってはいたけど、とぼやくと、近くにいた妻がくすりと笑った。
「家族みんなで甘やかしてきちゃったから。どんな子になるやら、ちょっぴり心配ね」
 そう言って肩をすくめる。言葉とは裏腹に悪戯っ子みたいな顔をして、君、絶対面白がっているだろう。
「さっ、すぐり。私たちも行きましょ。お姉ちゃんたち行っちゃうよ」
 お子様ランチに付いてきた動物のシールを嬉しそうに眺めていたすぐりの手を引いて、妻が歩き出す。ちょっと待って、と立ち止まり、おばあちゃんにもらった苺柄のポシェットにシールをしまうと、すぐりは振り返って空いた方の手を差し出した。
「お父さん」
「のんびりしてると置いて行かれちゃうわよ」
 妻が茶化す。
「分かってるよ」
まだ梅も咲かないというのに、陽だまりのように温かい手を握ると、すぐりは目を細めて笑った。
「ぺんぎんさん、楽しみだねえ」
「そうだね」
 なつめと檀の姿が徐々に遠ざかっていくのを追うように、狭い歩幅で一生懸命歩きながら、すぐりはこちらを見上げた。

冬に眠る

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