冬に眠る

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 あの子になにかあったらどうするの。
 さっき聞いたばかりの会話が頭の中で繰り返される。まゆみが病院に連れていかれちゃったら、いつ帰ってこられるのかわからないらしい。寂しがりのまゆみに入院なんかできるのかな。ちゃんと元気になって帰ってこられるのかな。もし、もしも、もうまゆみに会えないなんてことになったら、私は一体どうしたらいい? 
 拭ったばかりの目がすぐに涙で一杯になる。甘えたがりなのに生意気で、ちょっと機嫌が悪いと無視してくるような困った子だから、そんなに年の離れた弟がいるなんていいなあ、可愛いでしょ、と言ってくる友達の言葉には頷けないことばっかりだけど、それでもいなくなるかもしれないなんて、考えたこともなかった。
 震える手で、まゆみのぷにぷにしたほっぺたをそっと撫でる。すべすべで柔らかくてあったかくて、胸の中から湧き上がるように、ああ、大事だ、と思った。生まれたばかりのまゆみを恐る恐るだっこした日のことを思い出す。
 妹のすぐりが生まれたときのことは私も小さかったからあんまりよく覚えていないけれど、まゆみのときは最近だから、はっきり覚えている。初めて会ったまゆみはしわくちゃで、本当に小さかった。ほやほやって感じがして壊してしまわないか心配で、抱くのがちょっと怖かった。それなのに、お父さんに支えられるようにしてだっこしてみたらすごくあったかくて、すぐにお母さんの腕に返すつもりだったのに、離せなくなった。まだ目も見えないくせに私の半分もない手のひらで私の指をぎゅって握るから、ああ、これは大切にしなくちゃいけないものだなって強く思ったんだ。
 赤ちゃんのときのまま、ぽかぽかの手を両手で包み込んで、ぼろぼろ泣いた。この子がいなくなるなんて絶対駄目だ。そんなのお姉ちゃんが許さない。次から次へと溢れてくる涙が、顔を横に流れてシーツに落ちる。心臓がぎゅうっと握りつぶされているのかと思うくらい痛くて、喉も苦しい。
「大丈夫だよ。まゆは絶対、絶対良くなるからね」
 絞り出すようにささやいた言葉は、口を半分開けて眠るまゆみには届かないで、夜の静かな空気に溶けた。
 
 
 
 
 
「おとーさん、だっこ」
 ベンチに座った檀(まゆみ)が両手を天に伸ばした。
 ふれあいコーナーで苦手な動物に囲まれ、さっきまでびいびい泣いていた末っ子は、王様みたいに顎を上げて
「だっこして!」
と繰り返している。
「まゆみー。今日は頑張ってあんよするって約束しただろう?」

冬に眠る

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