テーマ:一人暮らし

私を見た家

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 なんだかそれがすこく可笑しくなった。私は一人で笑った。

 もうどこにも就職したくはないけれど、このままずっと一人だと思うと長い。
 たっぷりと身体を休めて栄養を摂る生活が続き、私はそう思い始めた。
 自分にできることを必死に考えて、子ども向けのプログラミング教室を始めることにした。ピアノも編み物も教えられないけれど、プログラミングならできる。
一人暮らしには広いこの家を教室として使えばいいし、前職のおかげでパソコンが数台家にあった。処分しようか迷っていたものだ。
 問題は生徒が集まるかだったが、母に相談するとそれはすぐに解決した。
 母のご近所ネットワークは強力で、ぽつりぽつりと生徒が集まってきた。
 はじめはどんな子が来るのだろうかと緊張していたが、髪の毛も目も黒々と輝く子どもたちに私は密かに感動した。
 私は張り切って準備をした。レッスンの内容を考えるのも、反省するのも、何もかも楽しかった。これまでの何十年分かの楽しみを今味わっているようだった。
 二階部分を贅沢に使い準備をすると、この家の広さがちょうどよく感じられた。
 それぞれのスペースに入らないように、空間を分けた。
 もうこの家のどこをどんな風に使っても私の自由なのだ。
 初めてこの家を満喫した。父と母と妹が私にくれたこの家。三人が「よかったね」とほほ笑む顔が常に私の頭に浮かんでいた。

「先生ってこの家に一人で住んでるの?」
 初めて来る子は必ず聞いてくる。そのたびに私は「そうよ。広いでしょ?」と言う。
 この家でまた誰かと暮らすことはもうないかもしれない。けれども、これからずっと数えきれないほどの人がこの家を訪れるだろう。
 私が生まれて、そして死ぬ家もここなのだと思うと、より大切なものに思える。

私を見た家

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