テーマ:一人暮らし

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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三十代も後半に差し掛かっていた娘たちに、もはや結婚についての愚痴をこぼすこともなくなっていた母の喜びようは見事だった。
 妹の相手は会社の後輩で十歳も年下と聞き、私は二人を横目にその義理の弟となる男の将来を勝手に心配した。妹にうまいこと丸め込まれたのではなかろうか。
妹は「高齢出産に挑むわ」と意気込んでいて、病院探しから体調管理まで何でも母と相談して決めているようだった。
私は蚊帳の外だった。仕事が相変わらず忙しかったのでちょうどよかった。二人の話にはついていけないと思っていたのに、二人から言わせると「あなたは何も聞いていなかった」らしい。
 義理の弟となる男は感じのいい青年で安心した。もっとも、私に男を見る目がないことはそのころには明白で、ただ妹夫婦が幸せに暮らすことを願うことしかできない。
「お父さんは孫を抱けない人生だったからね」
 一度だけ、母がぽつりとこぼしたことがあった。
母と二人で夕食後にほうじ茶をすすってテレビを眺めていたときだ。私はテレビを目の前にしても仕事のことで頭が一杯で、テレビに流れていたものが母にそう言わせたのだと思ったけれど、テレビは大きな笑い声のバラエティ番組で、母もまたテレビを目の前に違うことを思っていた。
お母さんの人生もそうなっていたかもしれないね。
思ったけれど口にはしなかった。そうならなくて本当によかった。

 妹に元気な男の子が誕生し、私は晴れて伯母となった。
 ワンルームのアパートで一人暮らしをしていた義弟のもとでしばらく生活していた妹は、出産のため実家に戻り、しばらくはそのまま暮らすことになった。
つかの間の四人暮らしは全員が協力しないと成立しないもので、母も私も毎日慌ただしかった。母は妹と甥に付きっ切りになった。
母と妹は当たり前のように父の遺影に甥を見せながら話しかけた。
 母と妹にとっては当たり前のことでも私にはどうしても受け入れられなかった。遺影に話しかければ、その場にいる人に話が丸ごと聞こえてしまう。亡くなった父への言葉を私は声にできない。母と妹は不思議そうな顔をしていた。
 ただ仕事のためだけに必死に働くような長女の世話を母はだんだんとしなくなった。他にもっと手のかかる子がいるのだから当然だ。
情けないことに私はいまだに家のことなど何もできないと思っていたけれど、上手ではないにしろ、何とかこなすことができた。いつの間にかそういう年齢に達していたのだろう。

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