部屋交換
――安藤の方が大学まで近くていいだろ。
吉祥寺が栄えているといっても、ずっと住んでいると飽きてくる。しかも駅から遠いので毎日の通学は疲れる。渚のマンションの方が駅近で大学にも近い。できれば替わって欲しいくらいだった。
――でも吉祥寺って憧れなんだよ。華やかだしね。だけど私は物件の相場が高くてあきらめちゃったんだ。
――俺のところの家賃は高くないよ。繁華街から離れてるし駅から遠いからね。
――でも吉祥寺は吉祥寺でしょ?
――俺からしたら大学に近くて駅近のワンルームの東小金井の方が魅力的だけどな。
たぶん隣の庭がよく見えるってやつで、相手の住んでいる環境とか物件とかがよく見えてしまっただけなんだろう。本来ならそれで終わってしまうだけの会話だったのだが、渚がある提案をしてきた。
――そうだ、翔君。『部屋交換』してみない? 一日だけ。
――『部屋交換』?
――そう、お互いの部屋を交換して一日だけ住むの。
渚が俺の吉祥寺のアパートに、そして俺が渚の東小金井にあるワンルームマンションに一日だけ泊まる、そんな提案だ。一泊分の荷物を持って相手の部屋で過ごすというのだ。「旅行気分でいいでしょ?」なんて渚は言っていた。
最初はとんでもない提案だと思った。よほど相手を信頼していないと防犯上ふさわしくないし、相手が部屋をどう使うのかわからない。だけど女の子の部屋に興味があるし、渚は憧れの吉祥寺に住んでみたいし、若かった俺達はそんな細かいことはすぐに頭から消えていた。面白そう、と俺が同意することであっさりと『部屋交換』が決まった。
部屋を交換するにあたり、最低限のルールだけは決めておいた。
ルールその1
――二人は兄と妹の設定ね。
「何それ?」と聞いたら、隣人や大家に怪しまれるかもしれないから、万一の時は兄と妹ということにしておくの、と渚は言った。他にもこんなルールを決めた。ルール2以下はこうだ。
・開けてはいけない場所はマスキングテープでバッテンにして封鎖。絶対に開けないこと。特に下着の入ったチェストは。
・封鎖した場所以外は何を使っても、どこを開けてもお互いに怒らないこと。
・冷蔵庫の中身は何を食べても怒らないこと。
・ちゃんと掃除すること。
・勝手に合鍵を作らないこと。
・etc
たぶんルールに穴なんてありまくりだっただろう。それでもお互いに悪意ある行動はとらないと思っていたし、期待のほうが高かったのかもしれない。ルールなんかよりも、普段しないことをする、少し後ろめたいことをする、そんな気持ちの方が強かった。
部屋交換