テーマ:一人暮らし

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 一人暮らしが懐かしいな、とふと思った。大学時代の四年間、吉祥寺で一人暮らしをしていた。それが解消されたのは大学の卒業からまもなく結婚したからだ。一人暮らしから二人暮らしに変わっていた。妻が妊娠したのでもうすぐ三人になる。その妻が横でスイカを食べている。スイカは俺たち二人にとってちょっとした思い出がある。「私、別にスイカが特に好きってわけじゃないから。そこにあれば食べるってだけで」と言いながら何がおかしいのか、けたけたと笑っていた。俺もいっしょになって笑っていた。お互いあの時のことを思い出していたのだろう。

 ――当時俺は大学でテニスサークルに入っていた。そこは大御所で一学年だけで五十人以上が所属していた。かけもちで複数のサークルに所属する者が多いからこんな人数になるのだが、必然的に会話をする仲間同士のグループができてくる。
 同じ学年の安藤渚とは別グループだったため、あまりしゃべる機会がなかった。けれど、ふとしたことから携帯のチャットアプリで話をするようになり、会話はないのにチャットだけでは話す、そんな関係だった。二人の関係はみんなに内緒にしているわけではないが、とりたてて話すことでもないため誰も知らなかった。
 渚とのチャットはお互いが一言二言返すだけのそっけないものだった。たぶんどちらも相手に気のない素振りをしていたのだろう。思わせぶりな態度をとっていると思われるのが嫌だったんだと思う。それでもサークルで会うとお互いにちらちらと目を合わせることがある。別に目で合図しているとかではないけれど、何らかの意思疎通があったんじゃないかと感じていた。
 俺と渚はデートをすることもないし、食事に誘うこともない。二人で会うこともなければ、みんなでどこかへ遊びに行ったりもしない。当然恋人ではないし、友達ともいえない不思議な関係だった。
 それがあの日から変わった。
 いつもは一言二言で終わるチャットが、その日は珍しく長々とやり取りをしていた。
 どちらから切り出したのかは覚えていない。お互いが住んでいる部屋の話になっていた。
 当時俺は吉祥寺駅から徒歩二〇分の二階建てアパートに住んでいた。少し駅から遠いのだが、風呂トイレ別で広々としたこのアパートが気に入っていた。
 ――吉祥寺ってちょっと住んでみたいなって思ってたんだ。
 そう渚が切り出した。彼女の住んでいるのはワンルームマンション。駅は東小金井で、大学までは俺よりも三つ近い駅だ。

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