テーマ:ご当地物語 / 愛知県西尾張地方

やっぱ赤だがね

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 憧れるあまり竜男は以前、次のような感じの冒頭で始まる小説を書いた事がある。
〈エミリーは、淡い水色をして嫋やかに波打つ海が見える小高い丘の坂道を、自転車に乗って風の様に下って行く。このまま本当の風になって、目の前に広がる大海原を越え、どこまでも飛んでいけそうな気がする。綿菓子のような白い雲が、真っ青な空のなかにフワリフワリと浮かんでいる。あの雲に手が届いたなら、チョッピリ手にちぎってとって、レモンのシロップをかけて食べてみたい。太陽は暖かな日差しを大地に届け、生い茂った植物のグリーンを、様々にグラデーションさせている、、、、〉
 竜男は一万字ほどキーボードを打ったところで読み返してみた。思わず赤面した。乙女チックな駄文に我ながら恥ずかしくなり、書いた全てを削除した。そして、
〈太郎は漁港が見える坂道を、原付バイクに乗って新聞配達する。生ぬるい風が吹き、生ぐさい匂いが彼の鼻先をいたぶる、、、〉と、また書き始めた。平たい土地の住人である彼は、それぐらい坂道と海に憧れを持つ。と言っても、ちと車を飛ばせば山も海もすぐそこにある。なのにだ。出不精の彼は平野に常住したまま、ちっとも外に出ようとしない。本人気づかぬが、結局平たい地面の上、住み心地が良いのである。
 冷たい北風の吹く二月のある日、竜男は毎年旧正月の十三日に行われる、地元の祭りに参加するため仕事を休んだ。子供達の学校は休みである。
 願いを込めた何枚もの布をつけ、縒りをかけ一本にした太い笹竹を、寒空の下サラシ一丁フンドシ姿で、神社までの道のりを練り歩かねばならない。雨や雪が降るとこれまた辛い。白足袋で踏む濡れた地面は冷たく、足の指先から全身が凍える。この日、風は冷たいが空は晴れた。結構な祭り日和である。
「今年は絶対に神男に触ってやるぜ。もちろん竜男も触りに行くよな」
「いや俺は笹の奉納だけでやめとく。明日朝から仕事だし、腰の調子もあんまり良くないからさ」
「そんなこと言わんで、一緒に渦んなか行こうぜ」
 祭りへ出発する前、地元の仲間達と竜男は、宿で酒を酌み交わし会話する。昼前から飲み始め、既に皆かなり酔っている。
時間になると裸連は宿を出て氏神に参り、皆で笹を手に持ち、奉納先の神社目指して出発した。
「なんじゃ我!」と出てすぐ、余所の裸連と喧嘩になった。「まあまあ」と、宥めに入った裸男が真っ先に殴られ、田んぼに落ちた。裸男は田んぼから道に這い上り、「まあまあ」を再び始める。酔っ払いの喧嘩である。なんだかんだと、そのうちに治まった。

やっぱ赤だがね

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