テーマ:ご当地物語 / 愛知県西尾張地方

やっぱ赤だがね

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「松一、ラーメンフォークは使わないのか?」
「うん僕、箸のほうが食べやすいもん」
「ああ、そうだよな」と、二人は箸で麺を口に運ぶ。
実際にラーメンフォークを使ってラーメンを食べている人を余り見たことがない。然れどもラーメンフォークはスガキヤの顔である。と、思う竜男であった。
 スガキヤでは店で食べる他に、即席麺に生麺、麺つゆ、スープ、チルド食品、なども製造し販売している。竜男はそのなかでも特に、スガキヤ味噌煮込みうどんが好物だ。スープは勿論、赤味噌仕立である。彼はいつもスープは濃いめにする。濃すぎれば薄めれば良い。薄すぎたら何ともならない。腰のしっかりしたフライ麺は、博多ラーメンで言うところの、バリカタあたりで火を止めるのが彼の好みである。いつでも食べれるよう五食入りパックを買って、たいてい家に常備してある。
その晩食卓に味噌おでんが上がった。
 論に勿で、赤味噌である。八丁味噌である。味噌の種類に余り拘泥を見せない竜男であるが、味噌おでんの味噌は、矢張り赤以外考えられない。八丁味噌で作った味噌ダレでぐつぐつやるのだ。黒くなるほどぐつぐつ煮込むのだ。真白な、玉子や、大根や、白はんぺん、なんかを赤黒く染めあげるのだ。黒く塗れ。ペイント イット ブラックだ。ローリングストーンズだ。転がり続けるのだ。と、話が余所に逸れる。
「糸子、赤ワインはないのか?」と、竜男が妻に問う。妻は隣街に生まれた。隣街は繊維の街である。繊維の仕事をする妻の父親が、彼女の名を糸子と名づけた。
「もちろん買ってあるわよ。いま出すから貴方コルクの栓抜いてくれない」そう糸子が夫に応える。
 味噌おでんに赤ワイン?と、もしや首を傾げる方がいるといけないので、ここで言っておく。赤味噌に赤ワイン、赤と赤で相性が良いのだ。矢張り赤には赤で、バッチグーなのだ。大抵の赤い食べ物に赤ワインは合うと思う。多分。きっと。
「わたしタコが好き。この大きいのちょうだい」
 小学二年の楓が、串に刺されたおでんのタコを、小皿に取る。夫婦は、秋に生まれた娘の名を、長男と同じく植木の街に因んで、楓とした。美味しそうにタコを食べる楓に、「辛子つけたろかっ」と竜男が、練った辛子の入ったチューブをぬっと向け、からかう。「やめて、辛いからわたし嫌い」と楓が半分怒って言う。父は「ごめんごめん」と、娘に笑顔を見せて謝った。
「まだ大根ちょっと固いよ」
大根を箸で口に運んだ松一が言う。

やっぱ赤だがね

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