テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「iモード?」
「なんかね、電話やらEメールだけやなくてスポーツニュースとかも見れるんよ」伊崎は自慢気に緑の液晶画面をちらつかせた。
「さーて今日は勝ちよるやろかねー」
「最近調子悪いよね。2位のチームに追いつかれそうだし」
 思わず答えた私に、
「え? ……おー、意外。野球やら見よるったい」
 と、伊崎がケータイから離した目を丸くした。私は、まあ少し、と言葉を濁す。小学生のような笑顔を見せた彼の前で、チームが勝つと近くのラーメンが安くなるから頻繁にチェックしている、と言うのがはばかられたのだ。この町の人は野球の話になると皆一様に童心にかえってしまう。
「いつも秋には最下位争いやけん、期待せんぐらいがちょうどいいんやけどな」
 伊崎はケータイを勢いよく畳むと、ノートにシャーペンを走らせた。この時期にチームが1位なのは異例のことです、とローカルニュースのキャスターが興奮していたような気がする。この時期といっても、まだ後半戦が始まったばかりなのだけど。
「そっちはまた妖怪研究?」方眼紙に目を落としたまま伊崎が尋ねる。
「『町の人魚伝説の正体は、幻の古代鮫ではないか』っていうのを、かよちゃんと調べてるの」
「あのお堅い次郎丸さんがよく許したなあ」次郎丸教授は私たち所属ゼミの担当教授であり、民俗学界では多少名のしれた存在らしい。
「秋の発表に向けて準備があるから大変なんだよ。単位落とすと二年生に上がれないし」
「しっかし妖怪やら調べてどげんするっちゃろうかねえ」
「こーれだから都市計画学科はすぐそう言う」
 いつのまにか現れたかよちゃんが、バイトスタッフのエプロン姿のまま伊崎の横に腰を下ろした。
「伊崎の大好きな都市計画学だって、昨日今日突然にできた考えじゃないんよ。町の歴史ってのは古代からぜーんぶ地続きになっとうわけ。社会学の常識やん」
「いやでも、さすがに人魚やらサメやらは町づくりに関係なかろうもん」
 おっとり諭すかよちゃんに伊崎が苦笑する。
「あんまバカにせんどき。サメやクジラの動向が地震を予知してるって研究もあるんやからね。都市計画専攻やったら災害対策も重要なんよ」
 伊崎ほどの専門知識はないが、この地方都市が古代から「アジアの玄関口」と呼ばれる港町ということは知っていた。バスに数十分も揺られれば、山間部から市街地をつっきって海へ出ることができ、その間にはささやかではあるが古くからの遺跡も点在する。
 50年前の戦争で焼けてしまったエリアには、バブル景気で建てられたと思しき未来的な建物が後釜に収まっている。古代と近代がモザイクのように混ざり合い、不思議な調和を見せているのだ。伊崎ではないが、都市計画を学ぶものならこの町に惹かれる気持ちが少しはわかる気がする。

サンターナ99

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