テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 私たちがいやぁ、とかえへへ、とかごにょごにょ言っていると、いつのまにか老人たちの輪はしんと静まりかえっていた。振り返ると、フロアのテレビが野球中継を放送している。
「ああ、野球の時間ばい。シゲさーん、今日は勝てますやろか」
 飯塚さんが「シゲさん」に大声で呼びかけた。何度もここを訪れて判明したのだが、「夢の久作」であるところのシゲさんはこのホームのボス猿的存在で、口が悪くて、車いすのドライビングが誰よりもうまい。そのくせいつも飯塚さんに押させているのだけど。
「あほのこつ言うな! 勝つに決まっとるやろうが」
 シゲさんがくるっと車いすを回転させて怒鳴った。
「お、シゲさんよう言うた」「今日勝ったら四連勝ばい」
 お、四連勝なのか。今夜は久しぶりにラーメンにしよう、と私は密かに決めた。

 飯塚さんにおみやげまでもらって、私たちは老人ホームを後にした。七回ウラにはみんなで球団歌を歌った。覚えておいてよかった。
「どうする?」
「まだ時間あるし、大学戻ろっか」
「じゃその前に海見てこ。さっき話に出てきた砂浜。飯塚さんにもらったマンハッタン、食べん?」
 老人ホームで聞いた「人魚」らしき物体が50年前に打ち上げられた海は、ここからバスで十分ほどの場所にある。浜辺一帯はこの町の観光名所でもあった。
「あー暑ーい」バスに乗り込んだ私たちは、窓際のクーラー吹き出し口を顔に当たるよう調整する。
 町の移動手段はもっぱらバスだ。発着時間は電車ほど正確ではないが、それが気にならないほど無数のバスが行き来している。私はマンハッタンと呼ばれる硬い菓子パンを齧った。このパンのどこにニューヨークの大都会的要素があるのかはわからないが、素朴でうまい。
「あの球場な、ドームやんか。でも勝ったら屋根が開くんよ」
 かよちゃんが車窓から見える、海辺の野球場を指差した。この町のチームが本拠地として使用しているグラウンドだ。
「知ってる。一回生で見てみたいな」
「私が小学生の頃は屋根開けっ放しで試合やりよったんやけどね。でも海からの風が球場に吹き込んで、竜巻ができちゃうんやって。やけん最近は閉めっぱなしっちゃん」
 物騒な話だ。
 目的地でバスを降りると、私は思わず「あれ」と声をあげた。向かいの道に見知った人影が見えたのだ。
「あ、伊崎やん」
 かよちゃんが「おーい」と手を振る。こちらに気がついた伊崎が白い歯を見せて笑った。
「あら、ふたりともフィールドワーク? ご苦労さん」

サンターナ99

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