テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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 ラーメンが異様に安い日がある、と気がついたのは引っ越して1ヵ月がたった5月の初めだった。
 私が18年を過ごした関東圏に比べると、この町のラーメンは安すぎる。細い麺と強烈な香りに初めは面食らったものの、今では大学の帰りに週3回は足を運んでいる。ただでさえワンコインでお釣りがくる価格設定なのだが、たまに250円などというタガが外れた価格で提供されているのだ。
「そりゃ姉ちゃん、今日で三連勝やけんね」
 不思議に思ってある日尋ねてみると、店主のおじさんは天井に下げられたテレビを顎でしゃくった。ブラウン管は野球中継を映している。どうやら店主の贔屓である地元プロ野球チームが連勝した日に限り、ラーメンが値引きされるという仕組みらしい。画面からワッと歓声があがった。
 へえ、と私は紅生姜をつまみながら画面を見つめる。野球はさほど興味がないが、この球団にはぜひとも頑張ってほしい。大学生の財布は常にカツカツなのだ。
 となりで麺をすすっていた作業着姿の男性が「優勝やらしたらこん店潰れるばい」とまぜっかえすと、潰れんよ!とおじさんは怒ったように言った。いくら値下げしようがその分売り上げてみせる、という店主のプライドかと一瞬感心しかけたが、おじさんが「こいつらまだ一度も優勝しとらんとに」と続けたので私は思わず紅生姜を零してしまった。この町のチームはとても弱いらしい。

 満腹になった私は、テレビに見入っている店主に会釈をして店を後にする。
 帰り道の商店街は春風に満ちており、私のスカートが勢いよくなびいた。

「あの、天ぷらうどん頼んだんですけど」
 おずおずと告げると、バイトの女の子はきょとん、とした顔で私を見つめた。波風立てるのをあまりよしとしない私だが、食べ物のことになると譲れない。学食の天ぷらうどんは180円とこれまた安いが、引き下がる理由にはならない。
「のってますけど、天ぷら」
 彼女は丼を見つめておっとりと言った。のってない。麺の上には揚げカマボコが鎮座している。私は思わずむっとして言った。
「のってないよ!」
「のってますって! ほらあ」負けじと女の子がトングで揚げカマボコをつつく。揺れるカマボコ。
「ああ、この時期たまにおるんよね」
 不毛なやりとりをしていた私の後ろで、順番待ちの男の子が苦笑いして言った。どういうことだ。梅雨になると天ぷらがカマボコに変わるのか? 私は狐につままれたような心地になる。頼んだのは狐じゃなくて天ぷらうどんだけど。

サンターナ99

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