サンターナ99
「失礼なこつ言うなっ。誰が夢の久作か」
相槌に見せかけたかよちゃんの同時通訳のおかげで、私にも話の内容がつかめてくる。同級生の方言はそれほどでもないが、お年寄りの言葉はさながら異国語だ。彼女抜きでは半分も聞き取れない。
かよちゃんがインタビューしてくれている間、私はICレコーダーを横目で確認しつつメモをとる。芯までおっとりした彼女は老人専門の聞き手としてはかなり優秀なのだ。
「シゲさんが人魚が出た言うて大騒ぎしたばってん、夜には影も形もなくなっとった」
「それって、クジラとは違うんですか?」私も思わず口を挟む。
「おいはサメもクジラも釣ったことあるばってん、全然違うとる。口が倍ぐらい太かと」
「ほっぺたがあったばい」「魚とも違う、不思議か臭いやった」
大きな身振りを交えて説明してくれるおばあちゃんに、私は大きく頷いてペンを走らせる。祖父母が地方にいたためお年寄りとあまり接する機会がなかった私にとって、彼らの話は非常に新鮮だった。いくら資料で調べてみても限界はある。そして机上の調査と実際の証言がピタリと符号する瞬間こそが、フィールドワーク、そして民俗学の醍醐味だと思う。
なにより、この町で生まれ育ったお年寄りたちの証言には、どんな書物でも敵わない臨場感と迫力が備わっていて、私はインタビューであることも忘れてつい聞き入ってしまうのだ。生き字引とはよく言ったものだ、とメモを取る手に熱が入る。聞き取りに答えてくれるお年寄りたちの数も次第に増え、あちこちで思い出話が熱を帯びていた。
「それが浜辺に打ち上がった夕方、海がこう、ぱかーっとふたつに割れてから」
「向こう岸まで歩いて渡れるごたやった」
「夜は祝いやけん言うて、シゲさんやら一升瓶ば2ダース空にした」
「おいは進駐軍から草野球で三振ばとって『大リーグでも活躍間違いなし』ち言われたこつがあるんよ」
……場合によっては、多少の誇張を差し引きつつ聞いたほうがいいようだけれど。
梅雨はすっかり開けて8月になり、本格的な夏となった。週の半分は町を歩き回っているわたしとかよちゃんも、いつのまにか伊崎に負けないぐらいしっかりと日焼けしてしまっている。
「伊崎のそれ、ケータイじゃん。すごい、私まだピッチだよ」
「最新機種たい。これiモードもできるっちゃんねー」
私と伊崎は学食のテーブルで課題をしつつ、かよちゃんのバイト上がりを待っていた。彼の手には最新携帯電話が握られている。
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