テーマ:二次創作 / ラプンツェル

野地沙麗子のお部屋事情

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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私は再びため息をつくと疲れた顔を必死で隠し彼女について行った…。

…三番目の物件は公共住宅に隣接する、少しだけ駅から遠いマンションだった。
その四階は日当りも良く静かな所で、お風呂とトイレは別で押し入れや収納棚などがついているにもかかわらず手頃な値段の物件でもあった。

今度こそという思いで彼女を見守っていると、今度は素直に靴を脱ぎフローリングの床を歩いて室内をみわたしていく。そうして、「すわ、これなら」と私が思った矢先、彼女は大きな声を上げた。

「ダメね、ここ。公園が目の前にあるじゃない。」

は?と思ってベランダから見てみれば、確かに近くには大きな公園があり遊具で遊ぶ子供の姿がある。

だが、それに何の意味があるのか。
そして彼女はこちらを向くと、間髪入れずに「他に物件はあるのかと」問うてきた。だが、そう言われると私は答えに詰まってしまう。

何せ彼女の条件を出す根本の理由がわからないのだ。
庭があってもダメ、高すぎてもダメ、何より子供がいてはダメ。
彼女はベランダから髪を垂らしたいと言っていた。
だが、それをすることに何の意味があるのだろうか?
それを教えてもらわなければどうにもならない。
そうして困惑する私に、彼女はため息をつくとリュックを背負い直した。

「どうやら今日はもうネタ切れみたいね。いったん疲れたから車を出してくれないかしら?」

そう言われてしまえば成す術は無い。
私は「申し訳ありません」と言いながら静かに玄関を開ける他なかった…。

事務所に帰ると、まだ少しは時間があると言う彼女に麦茶を出して、私は次の物件を探すためにファイルを探ってみる事にした。
そうしてファイルのページを二三枚ほどめくったときのことだ。
ふいの彼女のつぶやきに私は耳を疑った。

「…でもねえ、公園の前って言うのは、ちょっといただけないと思うわ。もし、それで子供が引っかかったりしたら、私は十数年も待たなきゃいけなくなるんですからね…。」

そして麦茶を一口飲んでから私の顔を見た彼女は「しまった」と言わんばかりにしかめた顔をした。だが、すぐ近くの棚で作業をしていた私にはそのつぶやきは丸聞こえである。やがて観念したのか、彼女はもう一口麦茶を飲むと今度は私から視線をそらし、机に頬杖をつきながらひとり言のように語り始めた。

「…私には子供の頃から夢がありましたの。それは願掛けに近いものですけれど…いつか素敵な人と出会えるようにといままでの生涯のあいだ一度たりとも髪を切らずに伸ばしておりましたの。」

野地沙麗子のお部屋事情

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