テーマ:一人暮らし

カバタッピ

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 晩ごはんを食べ終わると、僕がミチロウくんといっしょに食器を洗って、キョウコさんはお風呂にお湯を入れている。ミチロウくんはよくねむる子だから、たくましい子になるよきっと、と僕たちはよくふたりで笑い合う。ミチロウくんといっしょにお風呂場に向かおうとすると、ミチロウくんが「ママもいっしょにはいろ」という。キョウコさんの顔がパッと信号機みたいに赤くなって、僕の顔も赤くなる。「ふたりで、入っておいで」とキョウコさんがいう。ミチロウくんとお風呂に入っているあいだ、僕はどきどきしている。僕たちがあがるとすぐ、キョウコさんがお風呂に入った。九時ごろにはもう、僕たちは横になっている。ミチロウくんが僕のベッドに入り込んでくる。「こら、ミチロウ」とキョウコさんがいうが、むしろミチロウくんが僕になついていることをよろこんでいるようだ。ミチロウくんはすぐにねむってしまい、それから、間がある。月明かりが指し込む薄暗い部屋のなかで、僕の心臓の音が聞こえる。「起きて、いますか?」とキョウコさんが小さい声でいう。「はい。起きてます」また、間がある。不意に、キョウコさんが立ち上がって、ベッドに近づいてくる。ミチロウくんを両手で抱えて、自分の隣に寝かせようとするキョウコさんと目が合う。磁石みたいに、離れない。キョウコさんがなにかいいかけたとき、僕の電話が鳴る。
もうひとつの家族からだ。
いや、正確にいえば、キョウコさんとミチロウくんが、僕のもうひとつの家族だ。僕には妻と娘がいる。

三年前、宝くじを当てた日のことはいまでもはっきり覚えている。本当の家族と暮らしていた家のなかの僕の部屋で、僕はネットサーフィンをしていた。そのころの僕は働いていた。同期が出世していくなか、僕は未だに外回りをしていて、休日までの日数を数えながら働く毎日だったが、休日がきてみると妻と娘に疎まれて、外に出るか自室に籠るかしか選択肢がなかった。その日も、SNSや掲示板を巡回して、他人を見下すことでなんとか自尊心を保っていたが、当然そんなことは楽しくない。とにかく、時間が過ぎればよかった。休日も、平日も、なにもかもが過ぎ去って、安らかになりたかった。ネットの巡回が終わり、机の上にあった本をぱらぱらめくって、それも退屈で、アダルトサイトを適当に閲覧していった。すると、モニターが赤く切り替わり、大文字でこう表示された。〈当サイトの使用料金が払われていません。本日中に下記リンク先よりお振込いただけない場合、司法処置が適用されます〉僕は焦った。こんなものは詐欺だと頭ではわかっていながらも、部屋の外からは妻と娘が「辞書ってどっかない?」「お父さんの部屋にあるんじゃない?」「取ってきてよ」「あんたが自分でいきなさいよ」「やだよ」「私だっていやよ」というのが聞こえてくる。そして娘の足音が近づいてくる。僕はとっさに、身を乗り出して、デスクトップ型パソコンの電源ボタンを押して強制シャットダウンした。ちょうどそのとき、娘が部屋のドアを開いて、無理な姿勢でいる僕を見て、それからなにもいわずにドアを閉めた。そのことで僕は気をゆるめてしまい、椅子から落ち、その拍子に机の上に乱雑していたものが僕の手で薙ぎ払われ、床で仰向けになった僕の上に雪のように落ちてきた。よくわからないセロハンやゴミや埃や、付箋や本の栞が降りかかってくる。そして、一枚の紙切れで目が塞がった。手に取ってみると、宝くじだった。

カバタッピ

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