テーマ:一人暮らし

カバタッピ

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

お弁当なんか本当は作らなくてもいいのに、お弁当を作ることになっている。一度、思いついて作るようになって、次の日は別に作らなくてもいいかなあと思っていたら、キョウコさんが「作らないんですか?」と聞いてきて、「あ、作りますよ」といってしまったから、自分の分のお弁当を作る習慣が生まれてしまった。卵を焼く音と、においがして、キョウコさんとミチロウくんが起きてくる。ここはひとり暮らし用の部屋だから、ふたりは床に並べた布団を畳むと、僕のベッドの上に置く。ミチロウくんも、いまではなにもいわずに布団を畳むようになった。はじめのころは、めんどくさがって畳もうとしなかった。ぜんぶ、キョウコさんに任せようとした。するとキョウコさんが「こら! ミチロウ! め!」といって叱った。それからミチロウくんの頭を叩いた。「お父さんに迷惑かけちゃだめでしょ」といって、僕を指さしながら。さすがに厳しすぎじゃないかと思ったが、僕が口を出すことではないと思ったので、僕はなにもいわずに苦笑いした。
ちゃんと、ふたりの分のおかずも作ってある。少し前までは僕のお弁当の分だけだったが、この前、キッチンに立っている僕の袖をミチロウくんが掴んだ。ミチロウくんは僕を見るばかりでなにもいわなかったが、その代わりに、お腹の音がなった。
「うわあ。おいしそう。ミチロウ、パパに感謝しなくちゃね。ほら、ありがとうございます」とキョウコさんがいって、自分が頭を下げるのに合わせて、ミチロウくんの頭を手で抑えつける。「パパ、ありがとうございます」とミチロウくんがいう。
「いい加減、よしてくださいよ。僕たち、家族になったんじゃないですか」と僕はいうが、いってしまったことで、もう後戻りはできなくなったように思ってしまう。朝ごはんをふたりよりだいぶ早く食べて、スーツを着て、リュックを背負い、お弁当を手に持って家を出る。「パパ、いってらっしゃい」とキョウコさんとミチロウくんが、満面の笑みでいうので、僕は胸が痛くなる。マンションから見えない公園までくると、そこのトイレでスーツを脱ぎ、リュックから取り出した私服に着替えた。きょうはなにをして時間を潰そう。

キョウコさんとミチロウくんと暮らすようになったのは、ここ一年のことだ。それまで僕は、ひとり暮らしを満喫していた。仕事にもいっていなかった。いまのように、仕事にいくふりもしていなかった。毎日、なにもしていなかった。暇だと思うこともあったが、それでも、働いていたときの忙しさと比べると、よっぽどましだと思っていた。

カバタッピ

ページ: 1 2 3 4 5 6

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ