テーマ:一人暮らし

カバタッピ

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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ひとり暮らしをはじめた最初の頃は、毎日だらだらと外を歩き、行く先で見つけた商業施設や喫茶店にはなんでも入ってみて、このあたり一帯を歩き尽くすと、次は映画館に朝から晩までいるようになった。平日の昼間では、お年寄りや大学生しかおらず、それもまばらな数だった。僕は映画館の座席に深く座り込んで、BGMとしてテレビを流すように映画を見ていた。映画を見にいっているというよりは、昼寝をしにいっているようなものだった。見逃したシーンは、また明日見ればよかった。
その日、なんの映画を見たかは覚えていない。ただ、感動したことは覚えている。帰り道のあいだずっと、体中がコケのような柔らかいもので包まれているみたいだった。マンションの前に、ふたり組が座っていた。二十代前半くらいの女性と、幼稚園もまだのような男の子が。ふたりが着ていた服はぼろぼろで、その夜はそれほど寒くなかったのに、寒さに震えているようだった。僕が前を通りかかると、「ひもじいねえ」と男の子がいって、「ミチロウ、やめなさい!」と女性がいった。それから、上目使いで僕を見た。僕ははじめ、ふたりのことを歳の離れたきょうだいだと思っていた。だからだろうか、こんなことをしない方がいいとは思いながらも、財布のなかからお金を取り出して、ふたりにあげた。ふたりはなにもいわなかった。「もっと、ほしい?」と僕は聞いた。僕は、お金を持っていた。ふたりは返事をせずに、走り去っていった。そして、次の日もいた。たかりや揺すりなのかもしれないと思った。面倒なことになってしまったと、僕は早歩きでふたりの前を通り過ぎようとした。すると、「待ってください!」と女性がいった。「なにか、ご用ですか?」「あの、きのうは失礼しました。その、もしよければ、お礼をさせてほしいんです」「おねがいします」と男の子がつづけていった。それからふたりが土下座しようとした。
僕はそのとき、人恋しくなってしまっていたんだと思う。そうでなければ、ふたりを部屋にあげた理由を説明できない。
お茶をいれると、男の子は一気に飲んだので、もう一度ついだ。「飲んでいいんですよ」と女性にいうと、壊れもののようにコップを持ち、ゆっくり飲みはじめた。「なにか、食べますか」と僕は冷蔵庫から適当に食べものを出した。今度は、女性も、男の子と同じようにがっついて食べはじめた。「そんなにお腹を空かせて、きのうあげたお金はどうしたんですか?」と僕は聞いて、それから、失礼なことを聞いてしまったんじゃないかと後悔した。「ここに、全額あります」と女性はポケットからお金を取り出した。使おうかどうか何度も迷ったのか、紙幣に皺が寄っていた。それで僕は、気がゆるんでしまった。「あの、よければ、お話しを聞かせてくれませんか?」

カバタッピ

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