佐和山の城
さて、どうしたものか。
この部屋は不気味である。
少しやりすぎといえば、やりすぎに思える。
何かアドバイスをしたほうがいいのかしら。
でもこれはこれで、間違ってなんかはいない気もする。
歩みは遅くても、一歩、一歩と望みに近づいていく。
何かを成し遂げるには、それ以外の方法は無いのかもしれない。
「ちょっと鉛筆を貸してみなさい」
竹中は、ハルに催促するとスケッチブックに新たな1ページを書き加えた。
かつて夢に向かって磨いたはずの美術力。今は誇れるほどのものではないけれど、また磨き始めてもいいかなと思う。一歩、一歩と。
「きゃあ、先輩素敵です。これ宝物にしますね」
「まあ、お互いにがんばろうじゃないの」
◇
時は流れて。
ハルが竹中を部屋に迎えてから2年の月日が経った。
部屋にはぽつぽつと新しい家具が加わっていた。
テレビはまだ無いけれど、スケッチブックに描かれた五段のオープンラックは現実のものになっていた。
棚には、『ミキサー』『電子レンジ』『ノンフライヤー』とラベルの貼られた手作りの貯金箱がずらりと並んでいる。
「どうぞ、おあがりくださいな」
ハルが招き入れたのは、今年入社した新人社員。ハルの初めての後輩だ。
「ちょっとまっててね。コーヒーを入れるから」
不思議そうな部屋を見わたす後輩。
部屋の真ん中にはアンティーク調の白いティーテーブルが置かれている。
そして、ハルが運んできたのは思わず声を上げてしまうほど鮮やかなブルーをしたお揃いのコーヒーカップ。
「ボーナスで買っちゃった。マイセンのプラチナコバルト コーヒーカップ&ソーサー。どう?惚れちゃうよね……一客20万円はきつかったケド」
2年前の反省を生かして、ティーテーブルとコーヒーカップの購入を優先した。あのときはお客様を迎えるのにはあまりにあまりだった。先輩には本当に申し訳なかったと反省するハル。
ハルは、後輩だけに特別だといってスケッチブックを開く。
画用紙の中の理想の部屋は2年前と変わらない。
そして壁に掛けられた一枚の絵を指差す。
額縁に飾られた鉛筆画。
そこにはプロが描いたかのような、この部屋の美しい未来の姿が描かれていた。
佐和山の城の完成はまだまだ先になりそうだ。
ハルの理想の部屋が完成するのは何時のことになるのだろうか。
だけど、未完成だからこそ部屋は希望の光を放ち続けているのではないだろうか。
「どう。コーヒーのお味は?」
佐和山の城