テーマ:一人暮らし

佐和山の城

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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そんな何気ない話題に力強く割って入るのが梅本だった。

「あーでも、最近は家電も進歩してきてね。それを使いこなすことで家事の時間をぐっと減らすことが出来るんだよ。技術が時間を生み出す、それが現代人の豊かさってもんだと思わない」

梅本はザクザクと小鉢のサラダをフォークで突くとトマトとレタスを一気に口にほおばり得意げにそう語った。随分と大げさな語り口だ。

「で、でたー。梅本の家電トーク。これ始まるとマジで止まらないですよ」

との松平のツッコミもかえって梅本を調子付かせる結果となる。

「いやいや、今日は佐和山のために語っちゃうよ。たとえばロボット掃除機ね。iRobot社のルンバはみんな知ってるでしょ。これって毎年のように進化していて人工知能の部分だけでも全然違ってるんだよ。最新型900シリーズではマッピング方式を採用していて、ルンバが室内の地図を作成して掃除が終わった場所と終わっていない場所を識別して動いたりするわけよ。昔のルンバとはぜんぜん違うんだ。まあ、一人暮らしなら800シリーズの方をお奨めするけどね」

熱の入った梅本の話を真剣に聞き入るハル。いつの間にかその手にはメモ帳が握られている。それに気づいた梅本はさらに上機嫌になる。
先輩の梅本の家電好きは有名らしく話し出したら止まらない様子だった。しかし、あとの二人も決して黙っているつもりはなく果敢に梅本の話に割り込んでくる。この場にいる4人ともが一人暮らしで、それぞれに他人に自慢したい知識には事欠かないのだ。
ハルは一見素朴な女子だけれど、無邪気な笑顔と隙の多そうな立ち振る舞いが小悪魔的で、男子社員の人気は高い。それで張り切っていることもあるだろう。

 「じゃあ僕もとっておき。テスコムの真空ジュースミキサーは絶対に買いです。空気を吸引して真空にして撹拌するミキサーなんですよ。何で真空がすごいかというと、空気との接触を減らすから作ったジュースが酸化しないんだ。酸化すると色が悪くなるし、味も劣化する。栄養素の残存率も違うんだ。僕は小松菜、りんご、バナナを中心に、毎朝朝食代りにスムージーを作って飲んでます」

小太りの松平、ダイエットや健康に関する知識の量も豊かである。
そんなこんなであっという間に昼休みの時間は過ぎ、ハルのメモ帳は小さな文字で埋め尽くされた。

「佐和山。メモまで取るなんてアンタもまめね。でも、そこにあるもの全部手を出していたら、お金がいくらあっても足りないわよ」

佐和山の城

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