佐和山の城
「大丈夫です。私、こうみえて計画的なんです」
ハルは少し自慢げにそう答えた。
◇
「あのう、先輩先ほどから何読んでいるんですか。カラフルで素敵ですね」
営業時間が過ぎ人もまばらになったオフィス。一人取引先からの電話を待つ竹中は席でぼんやりとカタログを眺めていた。そして、先輩が読むそのカタログに興味を持ったハルは声をかけたのだった。
「デザイナー家具のカタログよ。昔は少しだけこういう方面にも進みたかったんだぁ」
竹中は自分の過去を振り返ってそう答えたけれど、ハルの関心はどちらかというとカタログの中身にありようだ。強い興味を隠そうともしないハルの様子を見た竹中は、引き出しからもう一冊のカタログを取り出すとハルに向かって突きつけた。
「これ。初心者向けで私には退屈だから、佐和山にあげるわ」
「えっ、本当ですか。ありがとうございます。うれしいなぁ」
カタログを一枚一枚めくるハル。これいいな、これも素敵だとつぶやきは止まる事を知らない。
「ああ、また佐和山に余計な餌を上げちゃったかしら」
「餌って何ですか?」
「佐和山のメモを取る習慣には感心しているけれど、家具やら家電やら薦められるまま、あら素敵だとか、とても便利だとか言っては片っ端からメモしてるじゃないの。いよいよ梅本の話題のストックも尽きかけてて、サボりがちだった量販店めぐりを再開したっていうじゃない。いや、そんなことはどうでもいんだけど、話題に出るもの全部を買ってたらお金がいくらあっても足りないわよ。デザイナー家具も、とりあえずは眺めて楽しむものだと思って買い物リストに入れないこと」
「もう、先輩ったら私のことを勘違いしてますよ。大丈夫、大丈夫です。初めての一人暮らしですから、普段の十倍くらい用心して計画を立てていますので」
「そうだといいんだけどねぇ」
おせっかいだとは思うのだが、天真爛漫に見えるハルを放ってはおけない竹中であった。
◇
「というわけで、今日は女性陣はとっとと帰ります。たいさーん」
ある飲み会の終わり、竹中は満を持しての計画を実行に移した。梅本と松平にはアイコンタクトを飛ばし、密かに作戦の開始を伝えた。
「ハルちゃんだけでも置いていけー」と不満をこぼす上司は二人に任せて、竹中はハルの腕を引っ張り駅へと向かう。
「さて、今日はこのまま佐和山の部屋に突撃するぞ」
「えええ! ダメですよ、先輩。私の部屋、とてもじゃないけど人が入れる状態じゃないんです」
佐和山の城