家と街と父と
「そんなのどこでやるのよ?」お母さんは眉を寄せる。
「一階の縁側でできるやろ」
私は黙々と炒飯を口に運ぶ。お父さんと一輝はクチャクチャと音を出して食べていた。換気扇がなければ私は弟の頭を引っ叩いていたかもしれない。
食事を終えて食器をシンクに持って行くと、私は早々に「宿題があるから」と言い残して、自室に戻った。本当は宿題なんてないのだけど、今さら家族揃って花火大会なんて恥ずかしくてできない、と思った。
歩き疲れた私は机に突っ伏す。リビングからお母さんと弟の笑い声が絶えず聞こえてくる。またお父さんが漫談でも始めたんだろう。この家にいなかった間に起きたエピソードを面白おかしく話すのはいつものことだ。
お父さんが帰ってくるのをずっと待ち続けるお母さんは、一体どんなことを考え、どんな風に思っているんだろうか。一輝はあんなに嬉しそうだし、みんな当たり前のように父を受け入れている――家も街も電車も、全部が全部、それを受け入れている。
網戸の隙間から遠くで鳴く昆虫たちの声が聞こえてきた。聞き慣れた昆虫の声だけど、種類は分からないし、調べようとも思わない。
また懐かしい匂いが鼻をかすめる。私の脳裏に浮かび上がった正体は、紛れもなく父と母が言い争う光景だった。
私は昔、今と同じように机に突っ伏して、罵声を聞いていた。昆虫たちも喧嘩しているのではないか、とそんな風に思った。意識を傾けるように、宿題で出された漢字ドリルを淡々とこなした。宿題が終わる頃には何も聞こえなくなり、昆虫たちの鳴く声だけが私の耳に届いた。
気が付くと、私は机に頭を預けて寝てしまっていた。何回か私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、今となっては夢か現実かよく分からない。
私は立ち上がり、体を大きく伸ばした。一階の和室にみんなが集まっているような気がした。
理由はないのだけど、階段をみしみしと鳴らさないように気をつけて下り、今はもう使われていないお父さんの部屋の前をゆっくりとした足取りで通る。
和室の引き戸が閉まっていたので、これは花火をやっているな、とすぐに理解できた。
私は気付かれないように、ゆっくりと引き戸を少し横に開け、僅かな隙間から縁側へと目を向ける。
母、父、弟の三人は横並びで座り、前かがみになっていた。誰も喋っていなかった。きっと、線香花火でもしているんだろう、と私は思い、邪魔をしないよう静かにその後ろ姿を眺めた。その光景はどう考えても、家族以外のなにものでもなかった。
家と街と父と