テーマ:二次創作 / 雨月物語 浅茅が宿

家と街と父と

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『NASA』と書かれた黒色のキャップをお父さんは被っている。去年は車のナンバープレートみたいなものが付いている帽子を被っていた。毎回、そんな帽子をどこで買ってくるんだ、と私は不思議に思う。
 キャップを後ろのソファへフリスビーみたいに放り投げ、椅子に座った。正面から見る父の髪はぺちゃんこで不潔だ。所々に白い毛が生えている。同じクラスの由夏ちゃんの家に遊びに行ったとき、同じような毛の色をした猫を見たことがある。
 弟がキャップを被って遊びだした。頭のサイズが合っていないので顔が半分隠れている。
「歩美、ごめん。今日は冷やし中華やめとこっか」お母さんがキッチンから身を乗り出し、私にそう言った。
「別に良いよ」不機嫌な顔をなるべく見せずに返した。きっとお父さんが突然帰ってきたから、食材が足りないんだろう。私は晩御飯の冷やし中華をとても楽しみにしていたことを隠した。
「冷やし中華作ったったらええやん」お父さんが割り込んできた。「俺はなんでもええで。なんでも食べる」お父さんは、そう言ってからテレビを点けた。
「僕もなんでも良いよ。なんでも食べる」弟の一輝はお父さんの真似をしてそう言った。キャップを被ることに飽きて、人差し指でクルクルと回している。
「じゃあ、歩美だけ冷やし中華作ろうか?」とお母さんが訊いてきた。
 私はとても食べたかったけど、「いらない。みんなと一緒で良い」と返した。私だけがわがままを言っているみたいで恥ずかしかった。一輝とお父さんがテレビで放送しているバラエティ番組を観てげらげらと笑っている姿を目にすると、より強くそう思ってしまった。
「そや。松田さんとこの家、どないしてん? めっちゃ綺麗になってるやん」テレビから目を離さずに、突然そんなことを言った。
「松田さん? ああ、なんかリフォームしたみたい。玄関のところが石畳になってたでしょ?」
「そんなんなっとったなあ……どこの外国や思たで」
「DIYらしいよ」
「DIY? DIYってなんや?」
「業者に頼まずに、全部自分の手でリフォームしたって」
「凄いな。無料か。ええなあ」お父さんは本当に羨ましそうに言った。
「さすがに無料とまではいかないでしょうけど……。我が家もリフォームしたいよね」私の顔を見て、お母さんは笑顔でそう言う。
 それは私ではなくお父さんに向けて言うことじゃないの? と内心思ったけど、お父さんを見ると、無言でテレビを眺めていた。

家と街と父と

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