テーマ:二次創作 / 雨月物語 浅茅が宿

家と街と父と

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 おーい、おーい、と玄関から聞こえる。ガチャン、と響く大きな音に続けて、また、おーい、おーいと言う。普段は聞き慣れない怪獣のような足音が部屋に近付いてくる。私は生唾をごくりと飲み込む。足音は部屋の前で止まる。
「おーい」また、そう言った。
振り返るともう部屋の扉は半分開いていた。
「おーい、元気やったか?」関西弁でそう言った。私は小さな声で、うん、と返事をする。そうしたら嬉しそうに目を細め、勉強中か? と訊いてきた。私は、うん、とまた返した。へへ、と笑い、扉を閉めた。久々に聞く関西弁だった。
 お父さんはいつも唐突に帰ってくる。さっきまでコンビニにタバコでも買いに行っていたんじゃないか、と思わせるほど当たり前のように帰ってくる。帰ってくると必ず玄関から、『おーい』と上に呼びかける。なぜか、おーい、おーい、と言いながら帰ってくる。
 お父さんはどうして『おーい』と言いながら帰ってくるのか、前にお母さんと話したことがある。家に泥棒がいることを想定して、主人が帰ってきたぞー、ってアピールしてるんじゃない、とお母さんは冗談交じりに言った。それが正解かどうかは分からないけれど、逆に危険なんじゃないかと私は思った。
 古い木でできた廊下や階段はいつもより大きな音でみしみしと鳴る。弟が走り回っても、あそこまで大きくて重い音は出ない。私の机の上に置いてあるスタンドライトの電球が震えるほど、怪獣みたいに階段をゆっくりと上ってくる。家が崩れるんじゃないかと、いつも心配になった。
 リビングに行くと、部屋が冷蔵庫みたいになっていて驚いた。普段、滅多に使わないクーラーが青い光を放ち、唸り声を出している。お父さんは「暑いなー。めっちゃ暑い。十七度まで下げたれ」とふざけた口調で、リモコンをクーラーに向け、連打する。その横で弟は腹を抱えながら、げらげらと笑っている。
 キッチンにいるお母さんを見ると、「クーラー使うなら、ベランダのドア閉めてちょうだい」と少し嬉しそうな顔で言う。二人はまるでお母さんの話を聞いていない。お父さんが変なポーズでリモコンを操作するのを見て、弟は大きな声で笑っている。いつもすぐに言うことを聞くくせに、と私は内心思い、黙ってベランダのドアを閉めた。
「もう勉強は終わったんか?」お父さんは、テーブルの上にリモコンを置いて訊いてきた。
「うん。うるさくてできないし」と、私は嫌味っぽく答える。お父さんは何も言わなかった。

家と街と父と

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