テーマ:二次創作 / 雨月物語 浅茅が宿

家と街と父と

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 去年、おじいちゃんが亡くなってから、我が家の小さな畑は灰色に染まるコンクリートの駐車場になった。おじいちゃんが畑を手入れしていた頃は、クラスのみんなが家を見て「趣がある」と感想を述べた。きっと国語の授業で習ったばかりの『春はあけぼの』の中に出てくる『をかし』を訳して使いたかっただけだと思う。それが畑からコンクリートになると、『をかし』から『おかしい』になっているんじゃないか、と私は少し寂しくなった。
 私の住む家も、斜め向かいの松田さんの家も変わってしまった。この変化が徐々に群れをなしていき、気が付けば私の暮らす街全体が一つの大きな変化に飲み込まれるのではないか、とそう思った。
「煙草持ってるかー?」お母さんの方へ体を向け、そう言った。
「私は吸わないから、ないですよー」フライパンを出しながら、陽気に答える。
 よっしゃ、と言って立ち上がると、一輝からキャップを奪い返し、後頭部からゆっくりと深く被った。
「ちょっとコンビニ行ってくるー」誰に向けて言ったかは分からないけれど、きっとお母さんに言ったんだと思う。
「お父さん。僕も行く!」一輝は満面の笑みでお父さんを見上げた。
「よっしゃ行こ。アイス買ったる」そしてこちらを振り返り、「歩美も行くやろー?」と訊いてきた。
 私はお母さんの顔を見た。お母さんは鼻歌をうたいながら、料理をしている。
「ほら、早く行くでー」と、二人が裏玄関で靴を履き始める。仕方なく私は靴下を脱ぎ、適当なサンダルを下駄箱から取り出す。色は薄い水色だ。お気に入りの運動靴が一階の玄関に置いてあるけれど、取りに行くのが面倒だった。
 三人で大きな音を響かせながら、雨で錆びた鉄階段を下りる。
裏玄関から家を出るのは久しぶりだ、と思った。いつ以来だろうか、と不思議に思い、過去をぐんぐんと遡った結果、おじいちゃんの畑作業を見学しに行ったとき以来だとすぐに思い出した――ちょうど私が今踏んづけているコンクリートの上で思い出した。
日の入り直前の外はまだ少し明るかった。
 後ろから二人を眺めて歩いていると、お父さんは昨日も家に帰ってきていたように感じる――一輝と二人でどこかに出かけていたような気がする。それくらい当たり前の光景だった。
 お父さんは生まれも育ちも関西で、お母さんとは全然違う土地の人間だ。だからといって、ほとんど家に帰ってこない父親の関西弁が私たちの使う言葉に影響を与えることはない。一輝がたまにふざけて使っているけど、下手すぎて聞いていられない。

家と街と父と

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