5月期
真夏の幻想
「涼子さん、ごめん。辛い思いさせて…。」
涼子さんの隣で親父が何度も頷いていた。
年明け、俺は実家に戻った。荷物の整理をしていると、紡と一緒に勉強したノートが目にとまった。開くとそこには赤ペンで添削された文字があった。紡が一つ一つ丁寧に添削してくれた文字。俺はその文字に「紡さん…。紡さん…。」と何度も呼びかけた。決して答えてくれない紡の影に向かって…。
実家に戻った俺は、今までの遅れを取り戻す為、猛勉強をした。その甲斐あってか無事にみんなと一緒に進級することができた。
4月。入学式。3年はクラス替えがないので、変わり映えのしない面々と軽く挨拶を交わし、気だるそうに式に参列した。
「終わったら起こして。」隣のやつにそう言うと、すぐに俺は目を閉じた。
「それでは、新任の職員を紹介します。」
マイクの声に目が覚めた。こっそり欠伸をすると涙が滲んだ。その涙でユラユラ揺れる視界をステージに移すと、新任の先生たちがゾロゾロと壇上に上がるところだった。揺れる視界の中に、見覚えのある切れ長の大きな瞳が映った気がした。俺は必死で目をこすった。新任の先生が順番に自己紹介を始めた。
「美術の、北原紡です。よろしくお願いします。」
切れ長の大きな瞳が、俺に優しく微笑んでいた。
高校生活最後の年。なんだか楽しくなりそうな予感が、した。
真夏の幻想