テーマ:二次創作 / 鶴の恩返し

真夏の幻想

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

通話を終えると俺は、「実家から。俺の郵便物が溜まったから取りに来いって。」と、紡に説明した。
「ふぅーん。そうなんだ。…おかあさん?」
紡はどう表現したらいいかわからないように、おずおずと聞いてきた。
「まあ、義理の?涼子さんって言うんだけど…。」
俺もつられておずおずと答えた。
少しの沈黙の後、紡が口を開いた。
「ずっとこのまま一人暮らしを続けるつもり?」
なぜ紡がそんなことを尋ねるのか俺にはよくわからず、ただ「たぶん。」と答えた。
すると紡がまた少し考えたあと、
「そっかぁ。でもきっとその…涼子さん?は、慶太くんに帰ってきて欲しいんじゃないかなぁ?」
俺は視線を問題集から紡に移動し、「なんで?」と聞いた。
「うーん。よくわかんないけど、私がもし涼子さんの立場だったら、なんか自分のせいで慶太くんが出て行ったんじゃないかとか、自分が2人の幸せな家庭を壊してしまったんじゃないかとか、いろいろ考えると思うんだぁ。結果的に慶太くんを追い出しちゃったみたいになってるし…。例えそれが事実と違ったとしてもね。世間的にはそう見られちゃうっていうか…。」
痛いところを突かれた俺は思わず、
「違うよ。第一そんなこと紡さんには関係ないじゃないか!」と叫んでしまった。
紡は一瞬ビクっとしたが、すぐに、
「そうだよね。私には関係ないよね。慶太くんだっていろいろ考えてのことだと思うし。ごめんね。変なこと言って。」と俯いた。
そんな紡の姿を見て、俺は子どもみたいに怒鳴ってしまったことが恥ずかしくなり、
「俺の方こそ大きい声出してごめん。もうこの話はおしまいにしよう。」と言ってまた問題集に視線を移した。

それからも紡は今まで通り何事もなく勉強を教えに来てくれた。俺も今まで通り連絡が来るたび郵便物を実家に取りに行く生活を繰り返した。
夏休みもあと二週間で終わりを迎えるある日、いつものように課題を終え、紡に添削してもらおうと顔を上げると、紡は座椅子にもたれながらうたた寝をしていた。手には読みかけの小説があった。そういえば昨夜、夜更かしをしていつまでも小説を読んでいたため寝不足だと言っていた。俺はそんな紡の寝顔をみて、クスっと笑った。
その時突然、俺の瞳の奥で何かがパチッと弾けた。気がつくと俺は、眠っている紡の唇に、自分の唇を重ねていた。
ドン!
思いっきり突き飛ばされてようやく俺は我に返った。見上げると紡が今にも泣き出しそうな顔で俺を見下ろしていた。切れ長の大きな瞳は溢れる涙で歪んでいた。

真夏の幻想

ページ: 1 2 3 4 5 6

この作品を
みんなにシェア

5月期作品のトップへ