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倉庫付き戸建リノベーション事例「自然と共存する『崖のアジト』で週末ごとに陶芸道を追求する」

雑誌「LiVES」に掲載された倉庫付き一戸建てリノベーション事例から、今回は兵庫県宝塚市のTさんの事例をご紹介します。都会を見下ろす高台の自宅兼アトリエは、住居棟と陶芸棟の2棟構成。石積みの擁壁に寄り添うように、自然の中に溶け込む。(text_ Akane Kitaura photograph_ Kiyotaka Kinoshita)

築50年の倉庫付き一戸建てをリノベーションし自宅兼アトリエに

崖の上に建つ築50年の倉庫付き住宅。目の前には緑が広がり、阪神間の街並みが一望できる。何年も人が住んでいない状態だったため損傷は激しかったが、個性的な建物と立地を気に入ったTさん。

丘の上の傾斜地に建つ建物。手前が住居棟で、奥が陶芸棟。柱や梁など構造は既存のまま残し、耐震補強を施した。深いブルーの外壁が緑あふれる環境に映える。

陶芸との出会いは大学時代。社会人になってからも自宅にろくろを置き、時間を見つけては土からの成型を続けていた。しかし、焼きの工程を経ない限り、完結しないのが陶芸。

「『働きながらでもとりあえずやめずに続けていれば、何か面白いことがあるかもよ』と、農業をやりながら60代で書家として大成した知人の言葉が今も心に残っています。この家はある意味、陶芸を続けざるをえない状況に自分をもっていくための場でもあるんです」(Tさん)

この家に住むようになって、本格的に陶芸を再開できたとTさん。「土を触るのは誰にとっても楽しいと思います。でも、作品づくりとなると、毎回が産みの苦しみ」。

母屋の階段の踏み板を再利用してつくった展示用のシェルフ。

母屋の「住居棟」と倉庫の「陶芸棟」を中庭でつなぐ

煙のでない電気窯であればマンションにも設置可能だが、Tさんが求めたのは、より変化が楽しめる灯油窯。住宅密集地から離れ、緑豊かな環境に自宅兼アトリエを。その想いを託されたのが、建築家の鈴木俊彦さんだ。

「図面が現存せず、測量によって現況図の復元からのスタートとなりました。西の母屋を「住居棟」に、東の倉庫を「陶芸棟」に充て、両者を中庭でつなぐプランです」(鈴木さん)

FIX窓と引違いの掃き出し窓を組み合わせた約2.5mの大開口。眼下に街の景色が広がる。床はメルバウの無垢材で、天井は同系色のオスモカラーで塗装した。

擁壁が存在感を発揮する半屋外的スペース。どこか懐かしさを感じる家具や調度品はリサイクルショップで手に入れたもの。

住居棟はすべての部屋が南向きで、採光は申し分なし。西側にあった居間を庭のある東側へ移動し、陶芸棟とのほどよい距離感を再設計した。一方、倉庫として使われていた陶芸棟は湿気と閉塞感がひどく、とても創作活動をする場にはできないコンディション。腐食の激しい壁と天井を思い切って剥がしてみると、石積みの擁壁が現れた。

「擁壁の傾斜が生む三角形の断面は、建築が崖に寄生しているかのような不思議な均衡を生み出していました。造成の石や構造材の鉄というマテリアルは、土を扱う陶芸に共鳴する素材。壁で覆わず、そのまま活かすことにしました」(鈴木さん)

陶芸棟は2階に焼き窯を設置し、1階はろくろと釉薬の調合スペース。東面に新たな開口部を設けて眺望と風を取り込んで、心地よく抜け感のある空間へと生まれ変わった。

陶芸棟の2階が前面道路と同レベル。窯から煙が出るため立地の選定が難しかったが、理想通りの場所にアトリエを構えられた。
陶芸窯の周辺は不燃材で覆っている。朝方火入れし、20時間以上かけることも。

壁の塗装をセルフで行いリノベーションのコストを削減

また、工事の期間も費用も2棟分かかるため、コストダウンも重要なポイントだった。内部インテリアには構造用合板を用い、費用を抑えるため、350枚分をTさんと鈴木さんで1枚ずつ塗装。

腰壁はラワン合板で、それ以外の壁面は構造用合板。すべてセルフで塗装した。
好きなものだけを置く趣味部屋。ゴールドのCPタイルの床が光を拡散し、やわらかな明るさに包まれる。合板の壁面は無塗装のものを取り混ぜてアクセントに。

「木目に沿って2度塗り3度塗りすると、1枚につき30分ほどかかる。廃棄寸前だった部材の錆びを落として再利用するなど、時間と手間は相当でした。鈴木さんとだったから、ここまで叶えられたんです」(Tさん)

玄関ホールと同じくブラウンのタイルが映えるキッチン。陶芸だけでなく料理も楽しむ。得意料理はスパイスからつくるカレー。

ガラスブロックやドア上の型ガラスは元々使われていたもの。ブラウンのタイルは新しく取り入れた。ジャパニーズヴィンテージの雰囲気に合わせて素材を取捨選択。

水まわりの壁面は氷河色に塗装。シンクや水栓など一見特注品に見えるが、ほとんどが既製品。

週末の趣味だからこそ、「これでいいやという感覚には決してなれない」とTさん。造成と建築、自然が一体となって生み出された「崖のアジト」で、今日も創作に励んでいる。

作品や制作中の器がずらり。気温、湿度、火加減、酸素量…あらゆる条件の中、試行錯誤。

かきべらなど陶芸道具の収納に作品を活用している。

建物データ

〈敷地面積〉約200㎡〈建築面積〉住居棟:94.26㎡、陶芸棟:33.92㎡〈床面積〉住居棟:1階 69.56㎡、2階 67.07㎡、合計 136.63㎡ 陶芸棟:1階 33.92㎡、2階 33.92㎡ 合計 67.84㎡〈用途地域〉第一種低層住居専用地域〈主要構造〉住居棟:在来木造 陶芸棟:1階 鉄骨造、2階 木造〈既存建物竣工〉1970年〈リノベーション竣工〉住居棟:2018年 陶芸棟:2019年〈設計期間〉8ヶ月〈工事期間〉6ヶ月〈設計〉SQOOL一級建築士事務所〈構造設計〉廣原俊元/廣原一級建築士事務所〈施工〉鷲尾工務店

※この記事はLiVES Vol.113に掲載されたものを転載しています。
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