少年時代に花火遊びでアパートを全焼させた龍之介(磯村勇斗)と拓海(末澤誠也)。それぞれ罪の意識を抱えたまま15年の歳月が流れるが、2人の前にある日、火災で妻子を失った埜本(のもと)(綾野剛)が現れて……。𠮷田恵輔監督の最新作『mentor』で装飾を務めたのは、𠮷田監督作品を数多く手掛ける吉村昌悟さんだ。
いいところを映してくれれば、それでいい
登場シーンこそ少ないものの、本作で吉村さんがもっとも注力したのが、龍之介と拓海が埜本をともなって訪れる、火災になったアパートの元住人、井川重明(田村泰二郎)の住まいだ。
「撮影は静岡・三島市の公団住宅の1室をお借りしておこないました。制作部があちこち探して見つけてくれたんです。監督は照明部出身なので、光の加減にこだわります。その場で『こっち側から光が入るのか』『シルエットを活かした画を狙いたいから、龍之介たちはここに座ることにして……』とシミュレーションをして、『ここでいいんじゃないの』となりました」

𠮷田監督においては、飾り付けのベースは共通している。
「監督はグチャッとしている感じがお好きです。『グチャッ』とは、一見関係ないものが置かれていたりして整然としていない、リアルな佇まい、と説明すると伝わりますかね」
公団住宅のその1室は、しばらく入居者が居なかったようだ。
「いつも掃除から始まるんです。床で虫がいっぱい死んでいるようなところが多くて、それが嫌です(笑)。今回もですが、大体部屋には何もないので、東京から大きなトラックを使って家具などを持ち込みました。最初は家具やラグ、カーペットなどの大物から。おおまかに家具の配置を決めたら、小物をどんどん入れていきます。𠮷田組では空き物件をまるまる1軒飾ることもよくあります」


劇中、3人が訪問するも、重明はすでに住んでおらず、娘の直美(黒沢あすか)が応対する。
「かつては重明、息子、直美の3人が暮らしていたのですが、いまは直美だけが暮らしています。お借りした物件は広くて、玄関から入って右側に2部屋、台所の裏側にもう1部屋ありました。結果的に『2DKぐらいの物件』という見え方に収まりましたが、劇中に映っていないものの、空気感を出すために撮影で使用しなかった部屋にも実は飾り込みをしていたんですよ」


せっかく飾った空間が映っていないとは、さぞ悔しかったことだろう。
「いやいや(笑)。やっていることの半分はいつも映らないですし、それが普通です。こちらとしても、いいところを映してくれればいいという気持ちです。でも、力を注いだディテールが監督やカメラマンの目が留まって、『こっちにしようか』と言っていただけるとうれしいですね」

壁に貼られた数多くの魚拓が語る通り、重明の趣味は釣り。その設定は、ロケハン中に吉村さんが提案したことで決まったそう。
「魚を釣り上げたときの写真は、手元にある画像に顔だけ合成をしてつくりました。魚拓もすべて、手持ちのものです。魚拓には日付とどこで釣ったか、魚種、魚の大きさを必ず記すのですが、その部分だけ加工しています。魚種については、重明の住まいは静岡の沼津あたりという設定ではありますが、コチやマゴチ、カレイなど、比較的どこでも釣れる魚にしています」

ずいぶん魚に詳しい吉村さん。本人の趣味も釣りなのかと想像したところ……。
「『釣りバカ日誌』は映画もテレビも、釣担当として参加していたので、素材のストックには事欠かないんです。『重明の趣味も釣りだと楽だな』と思って提案しました(笑)」
𠮷田監督とは、いつもどのように作業を進めているのだろう。
「わりと自由にやらせていただけます。𠮷田さんの映画の多くはオリジナル脚本で、作品の規模が大きいことは少ない。『mentor』は予算があった方です。ただ監督は予算に関係なく、『こういう風にしてほしい』とおっしゃるので、毎回『じゃあどうするか?』と頭を悩ますわけですが、できあがった映画が素晴らしいので、それが励みになるし、『またやりたいですね』となるんです」



吉村さんにとって装飾の醍醐味とは?
「装飾は画と直結しています。その空間で役者さんが説得力ある演技を繰り出している画を目にすると、悩み抜いてよかったなという実感が湧いてきます。でもラッシュ(映像素材の試写)を見ていると、『あれ? こうやっておけばよかったな』という反省点の方が多いですけどね(笑)」



映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#163(12月号2026年10月8日発売)『mentor』の美術について、装飾・吉村さんのインタビューを掲載。
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