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人間のしわざ

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「アタッシュケースの中には、手紙と設計図のデータが入っていました」
「宝の地図で見つけた宝箱の中に、また宝の地図が入っていたかのような展開ですね」私は上手いことたと譬えたな、と思ったが、宮本秀夫は、「ああ、そうですね」と適当に受け流す。
「手紙の文面はずいぶんと切実でしたね」気を取り直し、話を続ける。
「そうです、助けの声でした。まさに顔の見えないHELPです。ビートルズが出した十枚目のオリジナルシングルでもあります」宮本秀夫は、昔の、おそらく有名なロックバンドであろう、関係ない情報を付加してくるものだから、今度は私が軽く受け流したが、彼は気にも留めない。
「彼らの困難はこうでした。『私たちは暴走した人工知能に苦しめられています。暴走はプログラムのバグに起因しているもので、それを削除するしかありません』彼らはそこまでは突き止めている」
「そこまで分かっていて、彼らは自ら削除できないのですかね?」私は、無理だと知りながらも訊いていた。今でもできれば彼ら自身で解決してほしいのは、本心だったからだ。
「そのことに気づいた人工知能側がプロテクトをかけたので、それは不可能です」宮本秀夫は、彼らの一員かのようにきっぱりと言い放つ。「だが、やり方はある。そのための設計図です」
 宮本秀夫は部屋の床を指差す。正確には、この建物の地下空間の設置された例の装置を指したのだろう。
「その設計図をもとに製作された、時空間転送装置で過去に行き、元凶となるプログラムを削除する。それがもう一つの方法でしたね」
「そうです」そして大事なことは、と宮本秀夫は前置きする。「きたの北野さん、あなたがその装置で過去に行くことが、最も適切な選択だということです」



 どこかでお会いしたことが? と質問を投げかける。いえ、直接、こうやってお話しするのは、はじめてのことです。ということは間接的には関わりがあるのか、とわたしはいぶか訝る。申し遅れました、と白髪の男は名刺を差し出した。見覚えのない名前だった。肩書きに、お客様相談室室長、とある。この男にとっての、お客様がわたしなのか? 面識のないわたしと接触してきた意図は何なのか? と疑問が浮かぶが、白髪の男に、ご家族の方についてのお話です。と言われ、急いでいたわたしは、その場では決めかねたが、結局は後日、彼が指定する、霞ヶ関の施設を訪れることにした。そのことを、白髪の男に電話を伝える際、当日にフルーツパフェは用意していただかなくて結構ですので、言ってしまったことを、少し後悔した。

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