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人間のしわざ

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「アポイントメントはございますか?」受付が訊いてきた。
 大手町にある高層ビルの、広々としたロビーに私は立っていた。当然、アポイントはないが、自分の力を信じ、堂々と無理を言ってみた。
「お約束はありませんが、とても重大な案件でお話がありまして」重大な案件ということに、嘘はない。
「そうは言われましても」受付は申し訳なさそうな顔になる。「アポイントメントがないお客様を取り次ぐことはできかねますので」
 なるほど、知らされていたとおりの反応だ。私はさらに強気に出る。
「では今ここで直接、交渉して、アポイントを取らせてください。開発責任者の佐藤様に電話で繋いでいただけますか」
 受付の彼女は、私の図々しさに、多少の驚きながらも、どうせ無理だと思ったのだろうか。それとも私の不思議な能力のなせる技なのだろうか。いとも簡単に内線電話をかけはじめた。表情には出さないが、そのことに私のほうが驚いている。
 受話器を渡された。
 私は電話を切られないかと内心、びくびくしながらも、まずは自己紹介をし、現在開発しているソフトウェアに関して、重大なお話があることを端的に伝え、一時間後の十六時にお会いしたい、との旨を伝えてみた。
「ええ、構いませんよ」責任者の佐藤はこともなげに、そう返事をした。
 電話越しにお礼を言い、私は受付に受話器を返すと、彼女は口を開けたまま、唖然していた。「はじめてなんです。飛び込みでアポを取り付けた人は」
 やはり、この会社の人間はセキュリティのため、面識のない外部の人間と会うことは、しないとのことだ。「なにか秘密の方法でもあるんですか?」
「ただの超能力ですよ」と私は正直に答えると、受付が、「もう、はぐらかさないで、教えてくださいよー」と甲高い声を上げ、指で突いてくる。



 私は、部屋に入ると、再会した男と握手をし、椅子に腰掛けた。
 殺風景な部屋だ。元々は取り調べの際に使う部屋らしく、それを聞いて納得がいった。白い壁に囲まれ、窓はない。人の息づかいの感じられない無機質な空間の真ん中に、テーブルと椅子がある。ただ、椅子に座ってから、妙に所帯じみさを感じるのは、テーブルの上に用意されていた、大福とお茶のせいだろう。
「部屋と大福と私」目の前に座ったみやもと宮本ひでお秀夫が口ずさむように、言う。
「何ですか、それ?」この部屋を形容した言葉だろうか?
「昔あった曲に」と宮本秀夫は言いかけるが、「忘れてください。ただの冗談ですから」と説明を避けた。

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