テーマ:お隣さん

ダム子

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 一人暮らしの住まいとして、木造建築を選べば騒音問題などというのは必ず大なり小なりあるにしても切っても切り離さないものであるので、まあ隣の人の鼻唄が聞こえてきたり、学生たちの家飲み、などの楽しげな声が昼夜構わず響き渡る、あるいは隣の男が連れ込んできた女の喘ぎ声が筒抜けになったりとか、そういうのは別に、端から予期できること、目くじら立てて怒ることなどしないのだけれども、隣の部屋に住む女が予言者である、というのはあんまり、具合がよくないのではないか。
 予言者が隣に住んでいるなんて、すごいではないか。と人は言うかもしれない。たしかにそうだ。予言者が隣に住んでいれば、天気予報をチェックする必要も、朝の占いに一喜一憂する必要も、成功する見込みもない告白をする必要すらも、なくなるではないか。という意見があったっていいとも思う。しかし、たとえば家で夕飯を食べ、風呂に入り、一息ついてからさあ寝るぞ、というときに隣の部屋から予言が聞こえてくるとか、散らかった部屋に辟易し、よし今日は掃除でもして気分転換でも、と掃除機に手をかけたときなどに突如予言が壁をすり抜けて耳に入ってくるなど、己の生活の中で無差別に予言が投げ込まれるのは、甚だ迷惑でしかない。予言を聞くにもタイミングというものがある。本来、予言者に予言を乞う者は大きな悩みや不安を抱えていて、何か答えを求めてやってくる迷い人であるべきで、そうではない普通の人間が、隣の部屋から木造建築であるというただそれだけの原因ゆえ無闇やたらと漏れてくる予言を聞かされていれば、気が狂ってしまうに決まっている。実際、もう既に私の気は狂い始めているように思える。食べ物を食べるときに箸を持つ手が震える。歯ブラシを咥えた口から溶けた歯磨き粉が漏れる。かけたはずの目覚まし時計が鳴らない、等。生活の様々が停滞していく。何一つ思い通りに行かず、隣の部屋から聞こえた予言だけが現実となる。現実が女の予言とすりかわっていく。女は、いったい何者なのだろうか。おそらく、ノストラダムスの生まれ変わりか何かなのだろう。はじめこそ、女の予言が当たるのは偶然だと思った。朝のテレビ番組で見る、血液型占いや星座占いのように、誰にでも当てはまりそうなことを言って、あたかも未来を言い当てたように感じてしまうそれと一緒だと思っていた。しかし、女の予言を聞いているうちに、そういったインチキの類いとはどうやら様子が違うと分かった。そう思い始めてからは、女がノストラダムスの生まれ変わりとしか思えなくなり、女の予言を聞かずには生活ができなくなってしまった。女が今日はあまり遠出をするのはよくないといったことを言うならば、二ヶ月前から楽しみにしていた旅行であってもキャンセルをした。そのくらいに、女の予言を私は恐れているのである。私はノストラダムスの生まれ変わりである女の名前を、ノストラダム子と名前をつけ、親しみを込めてダム子と心の内で呼ぶようになった。

ダム子

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