テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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 9月が終わりに差し掛かったころ。
 人魚伝説研究のまとめと試験に忙殺されてしばらく大学とアパートの往復生活だった私は、久しぶりに伊崎とかよちゃんと会う約束をしていた。大学以外の場所に足を運ぶのは何週間ぶりだろう、と指を折ってみる。
『土曜日久しぶりにかよと3人でメシでも食わんね。あっ、ついでに基礎科目の課題も見せ合おう』
 伊崎から私のPHSに連絡があったのは一昨日のことで、おそらく後者が目的の本懐だとは思うのだが。
 待ち合わせ場所まで商店街をのんびりと歩いていた私の横を、野球帽を被った小学生の集団が勢いよく駆け抜けていく。と思ったら、その後ろからサッカーユニフォーム姿の高校生たちが自転車で追い抜いた。強い風が足元をさらい、驚いた私はスカートの裾を押さえて振り向いた。
 ――瞬間、私の目は異様な光景に釘づけとなる。商店街の向こうからは、たくさんの人たちがこちらに向かって走ってくるのだ。その中には見知ったラーメン屋店主の姿もあった。
「ごめん姉ちゃん、今日臨時休業!」
 追い抜きざまに店主のおじさんが早口で告げた。今日行くとは一言も言っていない。
 それにしても、もう日も暮れたというのにどういうことだろうか。祭りか。いや、沈没間近の船から逃げ出すネズミがこういう行動をとるのではなかったか、と不吉な豆知識が頭をよぎる。走る人々は皆、商店街の出口を目指しているようだ。
 と、視界の端から爆走してくる車いすが見えた。
「はよう押さんかい! もう9回らしかぞ!」
 しゃがれ声で怒鳴る車いすの主はシゲさんだった。右耳にはイヤホンで繋がれたポータブルラジオ、後ろには必死の形相で車いすを押す飯塚さんの姿が。
「ぜえぜえはあはあ」ほぼ白目の飯塚さんが荒い息を吐く。
「シゲさん!? えっ、シゲさん!?」動転する私を無視して、シゲさんが叫んだ。
「もうよか! 遅か! 自分で行く!」
 シゲさんは自分で車いすのホイールを掴むと、物凄い勢いで加速した。取り残された飯塚さんが膝に手をつきぜえぜえと息をしている。
 私もシゲさんの後を追って、わけもわからず駆け出した。

 人の波に運ばれるようにして足を運んだ商店街の出口には人だかりができていた。どうやらここが群集の目的地らしい。人の数は数十人、いや百人に達するだろうか。ぼんやりしている間にもどんどん群衆の数は増え続けていく。
 彼らの視線の先には大型のスクリーンがある。ここは町で二番目に大きな駅前広場であり、スクリーンは地元の子たちが待ち合わせに使う目印だ。普段天気予報やローカルニュースを放映している大型画面には今、ここからバスで十分ほどの、海沿いの球場が映っていた。

サンターナ99

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