テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 丸め込まれるようにしてカウンターから離れた私は、成り行き上彼と同じテーブルに腰をかけた。
「君県外から来た人やろ? 俺の天ぷら半分やるよ」
 彼は自分のちくわ天を箸で千切り、半分を私の器にのせてくれる。こちらは一応正真正銘の天ぷらだ。ありがたいが練り物だらけになってしまった。
「こっちでは揚げカマボコのことを『天ぷら』って呼ぶんよ。揚げカマボコっていうか、薩摩揚げ?」
「なにそれややこしい。じゃあ天ぷらはなんていうの?」
「天ぷらは天ぷらやね」
「なにそれ」
「ちなみに隣の県では揚げてないカマボコを天ぷらというらしい」
「ややこしすぎでしょ」私は麺をすすりながら思わず笑った。この町のうどんは箸で切れてしまうほど柔らかい。ラーメンは硬いのにうどんは柔らかい、不思議な町だ。
「ラーメンは早く食べられるようにさっと茹でて、うどんはすぐ飲み込めるよう柔くして出す。こっちの人はせっかちやけん」
 天ぷらに続いて有意義なことを教わったが、納得できるようでどこかしっくりこない説明だ。
 解説してくれた彼は私と同じ社会学部一年生で、伊崎と名乗った。地元の高校を卒業し、今は都市計画を専攻しているという。
「じゃ、今までも必修科目とかで一緒になってるかもね。私は民俗学だから、専攻は違うけど」
「民俗学? そんなん受けに都会から来るやら変わりもんやね」伊崎は屈託なく笑って質問を投げかけてきた。
「なら、この町の妖怪って何なん?」
「ぬりかべと人魚」
 即答した私に伊崎は、ぱっとせんな、と日に焼けた顔でもう一度笑った。
 かの有名な預言者によれば、今年は世界が滅びるという“世紀末”であり、仮に滅亡を免れれば再来年には新しい世紀が始まる。
 関東から900km離れた南の地方都市で私のひとり暮らしが始まったのは、そんな慌ただしい年だった。

 6月の終わり、私は第一希望だった民俗学専攻ゼミに入ることができた。
 このゼミではとにかくフィールドワークをやらされる。実際に町を探索し、日々遺跡を巡ったり住民に話を聞いたりして研究を行う実地演習。おかげで初夏にはこの町の観光地や名所はもちろん、バス路線図や地形に抜け道まですっかり把握してしまった。
「それにしても」
 私は汗を拭いながら、隣を歩くゼミ友達のかよちゃんに話しかけた。南町の日差しは想像していたよりずっと強い。ときおり海から運ばれてくる強風が通り抜ける瞬間だけ、全身の汗がすうっと引いた。

サンターナ99

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ