テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「伊崎は?」
「俺は図書館帰り。家この近くっちゃんね、歩いてすぐなんよ」
 浜辺に出た私たち三人は、海を見つめながらしばし無言でパンを齧った。水平線から容赦なく吹きつける風に前髪が翻る。
「風が強いね」
「え? なんてぇ?」
 風に押し戻されないように、叫ぶように私は言いなおす。「風が、強いんだね! この町って!」
「気したことなかったけど、そうかもしれんねえ! ここらへん歩くと、いろんなもんが飛んでくるんよ」
 かよちゃんがのんびりと、だけど大声で返してくれた。
「ここはさ」
 伊崎が足元の流木を見つめて言う。彼の声は不思議と、強風の中を抜けるようにして届いた。
「俺が小学生んときまで、全部海やったったい」
「え、ここが全部?」私は前髪を押さえながら尋ねる。
「そう。あそこのタワーがあるとこも、野球場も、隣のホテルも、ぜーんぶ、海」
 伊崎が指で指し示しながら説明してくれる。ここ一帯の海沿いは観光地であり、タワー・野球場・ホテルは通称“三点セット”と呼ばれる町のシンボル的存在だ。空港に掲示されている町の写真や旅行雑誌の表紙などはほぼすべて、このエリアが取り上げられている。
「10年くらい前に、ここでおっきな博覧会があったんよ。その会場跡地が、今のこの町。タワーもそのときできたんよ」
 かよちゃんも少し誇らしげに補足してくれた。
「そうなんだ……」
 疑問がひとつ氷解した私は、水平線を見つめて頷いた。この町に満ちている風は浜風などではなく、本来は海上を自由に吹き荒れる野生の風なのであった。
「やけん、この町は生まれて10年しかたっとらん。まだまだ赤ん坊たい」
 伊崎が誰にともなく言葉を継ぐ。
「俺たちはこの町と一緒に生まれて育ってきたと。ここをもっとよくしたかけん、この大学に入ったっちゃん」
 顔を上げた彼の視線の先には野球場がある。屋根を閉めきったドーム球場なので錯覚には違いないのだが、耳を澄ませば風にのって歓声が聞こえてくるような気がした。
「キャプテン、ケガしちゃったけど大丈夫かな」
 かよちゃんがあまり心配しているとは思えないのんびり口調で呟く。なんとか首位をキープしている地元チームの主将は、先日の2位チームとの試合で左頬に死球を受けた。緊急搬送先で顔面骨折が判明した。
「大丈夫くさ。俺、昔駅で見かけたことあるもん。テレビで見るのと違うて、ゴリラみたいにでかくて強そうやった」
 伊崎が意味もなく胸を張る。風はいつのまにか凪いでいた。

サンターナ99

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

7月期作品のトップへ