テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 頬を膨らますかよちゃんとなだめる伊崎を見ながら私は、そんなことを考えていた。

「うん、やっぱりこの町の人魚伝説の真相は幻の古代鮫……『メガマウス』かも」
「今までのインタビューと照らし合わせるとぴったりだね。昭和26年の台風と、ホームで聞いた人魚の目撃証言」
「町の水族館にね、5年前に浜で見つかったメガマウスの標本があるんよ。日本で発見されたのそれが2体目なんやって。今度見に行かん? おばあちゃんたちの話と比べてみよ」
 9月上旬。預言者が告げた“7の月”はとっくに終わった。世界は未だ存続しており、16年ぶりの『スター・ウォーズ』新作が公開され、件のラーメン屋は三連勝によるラーメン値引きをやめていた。今はもう四連勝からでないと安くならない。地元チームは未だ首位を死守していて、この10年で初めてのことだそうだ。私たちは入学して以来6回目のインタビューをしに、恒例の老人ホームを訪れていた。
「あれは、おいが進駐軍からホームランを打ったときのこつやった……」
 いつものように共有フロアの片隅で始まったインタビューは、お昼時にはいつしか話を聞きつけて集まったお年寄りでいっぱいになっていた。盛り上がったみんなの話が脇道に逸れてきたので、私たちも休憩にして聞き取り内容を整理してみる。
「いつも暑いなかありがとうございます」
 資料を片手に一息ついていると、飯塚さんが冷えた緑茶を持ってきてくれた。飯塚さんはこの老人ホーム一番の古株女性スタッフで、次郎丸教授とは学生時代からの旧知の仲らしい。私たちは慌てて立ち上がる。
「そんな、飯塚さん。こちらこそありがとうございます。いつも貴重なお話聞かせていただいちゃって」
「いえいえ」
 恐縮する私たちに、飯塚さんは笑って右手を振った。
「入所してるみんなね、次郎丸ゼミの学生さんたちが来ござあとばいつも待っとうとです。ここにおったら、なかなか若い子たちと喋れんでしょう」
 彼女は話に興じるお年寄りの輪を見つめて、嬉しそうに目を細めた。
「思い出話するのもいい刺激になるんです。そんなことより何より、『学生さんたちと話すの楽しか』『次はいつ来よらすね?』って皆さん言いよりますし。そうそう、シゲさんやら『次郎丸さんとこの学生は若いのによく勉強しとんしゃあ』って褒めよりますよ」
 私たちの担当である民俗学専門・次郎丸教授の口癖は「研究には足と口を使わんかい」である。たとえ閉架図書の奥地から見つけてきた希少本からであっても、資料の丸写しレポートなど一瞬で見抜く鬼教授。その千里眼におそれをなし、私たちゼミ生は町に散らばってレポート作成のため汗を流しているのであるが、今それを正直に言うのはさすがにためらわれた。

サンターナ99

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