テーマ:ご当地物語 / 福岡県福岡市

サンターナ99

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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「マジにどっからでも聞こえてくるんだね」
 商店街のどこかから、風にのって薄く聞こえてくる地元野球チームの応援歌。かよちゃんが耳を澄ます仕草をする。
「今年は調子よかみたいやけんね。ま、毎年夏まではそこそこ勝っとるんやけど」
 かよちゃんは袋入りかき氷を器用に食べながら、あまり的確ではない答えを返してくれた。私と同じ民俗学専攻の彼女は学食でバイトをしており、入学当初私に件の「天ぷらうどん」を作ってくれた子だ。
 ドライヤーを買い替えに電気屋さんへ行くと、オーディオ売り場から応援歌が聞こえてくる。スーパーに足を運ぶべば、鮮魚コーナーから精肉売り場まで応援歌が流れている。コンビニでもエンドレスリピートだ。この町では地元野球チームがとにかく愛されすぎている。これが“おらが町のチーム”というやつか、と私は少々圧倒されていた。大してスポーツに興味がないのは相変わらずだったが、今ではすっかりそらで歌えるようになってしまったぐらいだ。
「それもこっち来て初めて見た」
 天ぷらが方言だと知らずに育ったぐらいの地元っ子で極度ののんびり屋であるかよちゃん。彼女の手の中の袋入りかき氷は、半分が溶けてピンク色の液体になってしまっている。伊崎から聞いた「こっちの人はせっかち」という定説が早くも揺らいだ。
「これな、グラスに入れて牛乳注いで食べても美味しいんよ。安いし。そこらへんのコンビニに売っとうよ」
「マジで? 今夜やってみよ」
「マジだっちゅーの」かよちゃんが唐突に胸を寄せた。
 私たちは今日、ゼミの恒例行事である老人ホーム訪問に来ている。図書館で資料を漁ったり公民館で町史を調べたりといった地味な作業に比べて、お年寄りに話を聞いたり史跡を巡るのはとても楽しい。ただ、実際の対話となると私には地元民の通訳が不可欠で、かよちゃんはその役目も兼ねて私と行動を共にしてくれているのであった。

「……やけんが話半分に聞きよらしたばってん、砂浜にふとーか穴のほげとるのを見てから『こらおおごとばい』思うてからですね」
「へえ、テキトーに聞いてたら、砂浜に大きな穴があいてたんですね。それを見て一大事だ、と」
「なんかきさん、おいの話ば話半分で聞きよったんか。いっぺんくらすぞ」
「そうたい、シゲさんは昔っから夢の久作やった。あごとばっかり聞きよってからくさ」
「なるほど、シゲさんは夢追い人で、いつも話を盛る傾向があった、と……はいはい、ちょっとシゲさん静かにしとってね」

サンターナ99

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