テーマ:お隣さん

wi-fiにのせて

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

 老人はそのうち、少年の家のwi-fiに自分のwi-fiアカウントが表示されていることを知ったそうだ。そのときだろう。老人は、少年から聴いたことや自分で気づいたことをwi-fiのアカウント名にすることを思いついた。それから、毎週金曜日に、ニュースというよりは、日記のように発信を続けた。
 思いもしなかった。隣室なら道理で僕の部屋によく入ったわけである。突然、さっきになって消えていたのにも合点がいった。引っ越しで、アカウントがなくなったのだ。
 僕は少年に礼を言った。
 少年は帽子をとってお辞儀をした。ジャガーズと書かれた黒いベースボールキャップ。
「がんばれよ」
「はい!」
 少年の目は強かった。
 きっと彼にはいくらでもチャンスが来る。今度は試合にも出られるし、勝てるはずだ。
 晴美が先に歩き出した。
 僕も後ろからついていく。
「でもさ、わざわざwi-fiでなくてもいいよな。だから俺のところにだって入ってこなくたっていいよ」
「もしかしたら、そのおじいちゃんはいろんな人と話したかったんじゃない? 近所の情報を流して近所の人と話したかったんじゃないかな」
「近所の人ねえ」
 名探偵は答える。
「たとえば、隣に住む若者とかね」
「あんなに壁叩いといて?」
「案外、部屋でテレビ見てないで俺としゃべれってアピールだったり。うふふ」
「話したかったのかなあ」
「そうよ。だって、あんなことするくらい遊び心あるじゃない。本当は気持ちが熱いだけの人かもよ。ほら、昨日の試合で怒ってたのだって。お友だちのあの子がつかわれなかったから、それをあの監督に対して怒ってたとか。なんで、出してやらないんだって。片橋君も出してあげてもいいって言ってたじゃない。案外、気が合ったかもしれないわよ」
「今さら言うなよ」
「大丈夫。世界は狭いわ。どっかでまた会えるかもよ」
「会ったって急に声なんかかけられないだろ」
 隣人と話すのは難しい。
 彼女が笑う。
「そういう人は、アカウント名でも変えとけばいいんじゃない?」
「……それもいいかもなあ。wi-fiのニュース、俺引き継ごうかな。あの子も残念がってたし。あの子のチームが勝つまでとか」
「いいんじゃない? 私そういうの好きよ。面倒くさくて、バカなことしてる人」
「けど、どんな内容を発信すりゃいいんだろう」
「そういう面倒くさくて、バカなこと……好きよ」
 僕は彼女の目を見た。彼女も僕を見ていた。太陽が真上から彼女の黒目がちな瞳をきらきらと輝かせた。

wi-fiにのせて

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ