wi-fiにのせて
「あの子出ないの?」
彼女がまじまじと僕の目を見ながら聞く。僕は少し動揺しながら言った。
「全員出してあげてもいいよな」
試合をあきらめていない、と僕は言ったが、もう勝ち目はないだろうと思っていた。
「あの子だってチームの一員なんだからさ。せっかくの試合で出れないなんて、かわいそうだよ。出してあげないと」
負けは決まっているようなものだから、とまでは言わなかった。
二番手は、ごぼうのように土臭く細い少年だった。
ピッチャーの速球にあえなく三振。
次の打者は、低学年生だろうか。幼そうな男の子がバッターボックスに立った。
塁に出てくれ。心の中でつぶやく。試合の勝ち負けよりも、あの少年にチャンスを与えてあげたい。少年と、あのニュースを発した父親のためにも。
しかし、期待もむなしく、白球は青空に打ち上がった。
少年は試合に出ることなく、ピカピカのユニフォームのままだった。試合はジャガーズの負けで終わった。
後ろから
「バカもんが」
と声がした。
驚き、振り返ると老人が立っていた。
さらに驚いたことに、知った人物である。
隣の部屋の老人だった。白髪が乱れている。
老人は唾を吐くと、杖をつきながら離れていった。何に対して怒っていたのか。
「何よ、ねえ」
彼女もそれを見ていたようで、嫌そうな顔をした。
「隣のおじいさんだよ」
「ああ、あの音にうるさいっていう。確かに神経質そうだわ。変な人」
「おい」
彼女の声の大きさに聞こえやしないかと焦ったが、どうやら大丈夫のようだった。
老人のしわくちゃのグレーのカーディガンが小さくなっていった。
「行こうよ」
僕は彼女に声をかけた。
少年はうなだれ、管理人の背中は丸かった。
次の金曜日の晩、アカウント名は「ジャガーズ敗れる」に変わっていた。
父親としてよほど悔しかったのかもしれない。負けたことも、子どもが試合に出られなかったことも。
僕は晴美にLINEを送った。「『ジャガーズ敗れる』だったよ。」
多少の間があってから「よっぽどだったんだねえ……」と返事があった。
彼女にとっては、少年がそのニュースを更新したことになっている。悔しかったのは少年である。「そうじゃなくて」と、僕は自分の考えを伝えた。wi-fiの更新はあの子の父親である、アパートの管理人がやっていると思うと。返事は早かった。「お父さんのほうじゃないと思うよ。私の推理ではやっぱりあの子だと思うのよ。」「ミステリー好きなの?」「明日確かめましょうよ、直接。」
wi-fiにのせて