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読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 バンディッツのバッターが派手に空振り、スリーアウト。
 両チームからのため息と喜びとが交差する。グラウンドの外からも大人たちの声が上がった。保護者たちだろう。Tシャツ姿の、管理人もそこにいた。
 ごま塩頭でずんぐりむっくり、口を開いて応援をしているが、僕らのいるフェンスの外までは聞こえてこない。
 ジャガーズ最後の攻撃。バッターボックスに立つ選手。
 少年はベンチで、チームメイトと横並びに応援している。
「ねえ、あの子のユニフォーム」と、晴美がつぶやく。
 僕も気になっていた。
「綺麗だよね」
 他の選手たちはユニフォームが汗や土で汚れているのが遠目からもわかる。けれど、少年だけ真っ白なままだった。
 彼女が続ける。
「あの子、試合に出れてないんじゃないかな。監督のいじわるでさ。あの子、あんなに練習してたじゃない。出られないって変よ。うん、そうなのよ」
 ヒートアップする彼女への相槌はそこそこに、僕は管理人を見る。
 管理人は拳を握り足踏みをしている。試合内容というよりは、自分の息子が試合に出られていないことにやきもきしているんじゃないか。子どもの試合を応援したいのは親として当然だろう。
 途端に、考えが湧いた。
 そうか。「あれ」は子どもの仕業じゃない。親のほうだ。
 たしかに、ハンバーグが好きなのは子どもだろう、インフルエンザにかかったのも子どもだ。話題の中心が子どもなのは、親だからだ。子ども以外の情報が更新されるのは、大人だからだ。子どもはゴミ出しの情報を発信しないだろう。近所の情報の更新を飽かずにつづけるのは、管理人という立場だからだ。
 wi-fiは、管理人が更新しているんじゃないだろうか。
 管理人がアパートの住人にご近所情報を知らせているのだ。ローカルでハイテクな、小さな遊び心として。
 今日の試合の情報は、子どもの情報であり、そして近所の情報である。そう考えれば今日の更新の背景は想像に難くない。自分の子どもの雄姿を見せたい親バカな気持ちがはやったのだ。
 けれど、今日の試合がこれでは……
「あと一回よね」
 彼女の声に、僕は考えから引き戻された。
「気の乗らないような声出さないでよ。満塁ホームラン出して、もう一点で、逆転しちゃうわよ。ちょっと冷たいんじゃない?」
「い、いや、そういうことじゃなくてさ。俺だって、試合をあきらめてるわけじゃなくって。それよりも、あの子が試合に出ないかなって」
 先頭打者が凡打に終わった。

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