wi-fiにのせて
「あれえっ?!」
僕と管理人は、二人して身体をびくつかせ驚いた。
「何なの。驚くだろ」
「ないのよ」
「はっ?」
彼女は言った。
「アカウントがないのよ」
彼女が出してきた画面には、アルファベットの羅列ばかりで、仮名はひとつもなかった。
管理人が遠慮がちに言う。
「あのお、大丈夫でしょうか」
「あっ、はい。すみません。お世話様でした」
管理人はにこりとして部屋に引っ込んだ。
僕は彼女と話す。
「だって、昨日はあったんだよ。『ジャガーズ敗れる』って!」
「ちょっと。ほら」
彼女が目くばせした先には少年がいた。僕は彼女に謝る。
今度は自分のスマホで確認した。やはり綺麗さっぱりなくなっている。
昨日はあった。
いや、それより、管理人はこのアカウント名のことを知らなかった。もしかしたら恥ずかしく思って隠したのかもしれない。けれど、それならもう少し反応が違っていたと思う。管理人は本当に初めてそのことを聞いたようだった。すると、やはり少年なのか。
彼女が先に動いていた。
「こんにちは」
彼女が少年に声をかける。
少年は声をかけられる覚悟があったかのように、返事が早かった。
「こんにちは」
「ふふ、お姉さんたち、先週の試合、見てたのよ」
少年がうつむく。
「残念だったわねえ」
僕が口を開く。
「ねえ、ここのアパート近辺に入ってたwi-fiのアカウント名を使ったお知らせのことを知らないかな?」
「……知ってます」
彼女の顔と言ったらない。
今まさに、推理が当たった名探偵の気分なのだろう。
「やっぱり?! 私たち楽しみにしてて。見られなくなってて残念なのよ。おしえてほしいのよ!」
うつむきながら、少年が話す。
「……僕もです」
彼女が膝を折りたたんで、少年の目線に近づいた。
「君も? 見られなくなったの?」
「はい」
「そうかあ、じゃあ更新できないんだ」
「だって、もういなくなっちゃったし……」
「?」
「だって、おじいちゃん、引っ越しちゃったから……」
今後は僕が聞く。
「おじいちゃん? 引っ越した? あの二〇五のおじいさんのこと?」
少年がうなずいた。
二〇五は僕の部屋の隣。あのうるさい老人の部屋だ。
つまり、どういうことだ。
彼女が尋ねる。
「おじいちゃんが引っ越したから更新できないって。ええと、あれを更新してたのは君じゃないの」
「二階のおじいちゃんだよ」
そこからの少年の話をまとめるとこういうことだった。
少年は普段、老人とよく話していたらしい。足がわるい老人は、外へ出るにしてもアパートの周りを歩くくらい。しかも、それも週に数回。だから、ほとんどは中庭にいたそうだ。そして、そこで練習していたのが少年である。自然と、少年と老人は話すようになった。その日の出来事などを。僕からしたら偏屈な老人だったが、少年からしたらずいぶんと優しい人物だったという。
wi-fiにのせて