wi-fiにのせて
僕の質問はやっぱり無視された。
翌朝、隣の部屋がうるさかった。
物を動かす音がする。「おうい、そっち持ってくれ」「そこ角、気をつけろよ」「箪笥よけろよ」数人の若い男が声を掛け合っている。
引っ越しのようだ。
うるさい、じいさんだったからな。僕は少しほっとした。
朝の九時。珍しく早くに目が覚めたのは、隣の騒音か、それとも気が急いたのか。石田晴美は、わざわざうちにまで来ると言っていた。
動き出すには早すぎて、僕は布団に入ったままでいた。寝ころんでいると、騒音が気になる。隣では作業が続いていた。若者の声が壁からよく通る。確かにこのアパートは壁がうすい。隣の老人が気難しいのも仕方がなかったのかもしれない。
音にも慣れまどろみ始めたころ、一段と大きな声がした。「はい、これで最後です!」「どうもありがとうございました!」作業が終わったらしい。
僕も活動をしようと起き上がり、着替えていると、チャイムが鳴った。
隣の挨拶かと思いきや、晴美だった。
「早くない?」僕が驚くと「十二時よ、もう」と晴美が口をとがらした。
「さっ、確認なんだから。行きましょう」
生き生きとした彼女を少し待たせて、恰好を整える。
玄関を出ると、太陽はずいぶんと上にあった。
階段を下りる。今日も少年がバットを振っていた。
彼女は率先して、受付の出窓に近づく。
「こんにちは。あのwi-fiのアカウント、やってるのって管理人さんですか?」
あまりに直接的な質問に、僕はあわてて彼女の腕を引く。「俺が聞くから」と小声で言って、前へ出る。
管理人は、まなじりのシワを深めて怪訝な顔をしていた。無理もない。
僕が引き継いで話す。
「すみません。実は、ここの毎週変わるwi-fiのアカウント名のことをご存じでないかと思いまして」
管理人は変なものを見るような顔をしている。
「いつも楽しませてもらってるんです。それで、もしかしたら管理人さんがやってらっしゃるんじゃないかと思ったもので……」
「すみません、それ何のことでしょうか? 私には分かりかねるのですが」
管理人はさらに怪訝そうな顔をする。普段から親しくなっておけばよかった。
彼女がバッグの中を探り、スマホを取り出す。
自信がなくなってきたが、僕は続けた。
「えっと……。このアパートの周りの情報を、伝えてくれるものがあって。僕はてっきり管理人さんかと思ってたんですが。間違ってすみません」
すると、後ろで彼女がとんきょうな声を出した。
wi-fiにのせて