テーマ:ご当地物語 / 箱根

すぐりの卵

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「そんなに大きな声出さないでよ、恥ずかしい」
「恥ずかしいことないでしょう。ほら、黒たまご。買っておいたわよ」
 お母さんは、私とよしくんに一つずつ炭色のたまごを渡した。
「わ、本当に黒い」
 手のひらにちょこんとたまごを乗せ、よしくんは目を見開いている。受け取ったたまごをテーブルにこんこんと当てて、殻を剥く。中からは白いゆでたまごが出てきた。これでは黒たまごとは言えない、と心の中で不満を漏らし、一口かじる。やはりただの、ゆでたまごだ。元々私はゆでたまごが好きではないし、塩もかけずにゆでたまごを食べることにはほとんど魅力を感じない。それでも飲み込むと、もさもさが喉に張り付いた。お母さんがさっと差し出した水でたまごを流し込んで、口を開く。
「上には行かないの?」
 名物とはいえ、ゆでたまごだけを食べるためだけにここへきたわけじゃないだろう。ここへ来たなら、煙のところまで歩かなければ。この売店に入るまでに、いつだったか、たまごをゆでている現場を覗き込んだことを思い出していた。
「ああ。煙のところまで上がっていける道があるみたいでしたね」
よしくんが言う。
「僕も見てみたいです」
 そうか、とお父さんが頷く。
「じゃあ、これを食べたら行こうか」
「普通、見てから食べるもんじゃないの?」
 その方がきっと、美味しい。少し歩けばお腹も空くだろうし。
「そう? まぁ胃に入ればなんでも同じよ」
とお母さん。もうたまごはすっかり平らげてしまったようだ。口の端にたまごのかすが付いている。
 たまごが入っている袋を眺めていた檀が、口をもぐもぐさせながら感嘆の声を上げた。
「へえー」
「なに?」
「これ一個で、七年寿命延びるらしいよ」
 お姉ちゃんが身を乗り出し、袋を凝視する。
「七年? じゃあ檀は今の数分で、寿命を十四年も延ばしたってわけ?」
 檀の手元には、たまご二つ分の殻が綺麗に置かれていた。
「なんだよ。別に良いだろ。なつ姉も長生きしたいならもう一個食べりゃあいいじゃん」
「いちいち突っかかってこないでよ。七歳延ばせたなら私は十分なの。ごちそうさまっ」
とお姉ちゃんが立ち上がる。
「ちょっとお土産見てくる」
「おいおい。これから上に行くって言ってるだろう」
 お父さんに呼び止められたお姉ちゃんは
「分かってるって。でもそれは、たまごを全部食べ終わってからでしょ」
と言って、テーブルの上の黒い袋を指差す。五個入りの袋が二袋。六人で一つずつ食べても、重そうな袋が残されたままだ。

すぐりの卵

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