テーマ:ご当地物語 / 箱根

すぐりの卵

この作品を
みんなにシェア

読者賞について

あなたが選ぶ「読者賞」

読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

閉じる

「食べ終わったら呼んでね」
 お姉ちゃんは、テーブルを囲んで唖然としている家族にひらひらと手を振り、口いっぱいのたまごを必死に咀嚼している私の腕を引いた。
「すぐりも行こ」
 私は慌てて口の中のたまごを飲み込み、お姉ちゃんに続いた。

 お姉ちゃんは積み上げられた土産物の周りをぐるぐる歩き回っていた。私を連れてきておいて、タッパーを開けては試食することに夢中になっている。完全に忘れられているようだ。仕方がないので、私も土産物を見て回る。
大して可愛くもない富士山型のキャラクターのストラップを見ていたとき、不意に左手を握られた。はっとして見下ろすと、幼稚園生くらいの女の子が小さな手を私の左手に重ねている。
なにこの子。迷子? 驚いて声も出せずに、ただ女の子を見下ろす。胸の辺りで切りそろえてある真っ黒な髪に、蛍光灯の光が輪を作っていた。お母さんと間違えて、私の手を握ってしまったのだろうか。振り払うことも握り返すことも出来ないまま、ゆっくりと歩き出す。しばらくすれば親じゃないと気付いて、泣くんじゃないかと思ったけれど、力の抜けた私の手をしっかりと握って付いてきた。どこかにこの子の親がいないかと周りを見渡すけれど、それらしい人は見当たらない。この子は不安じゃないのだろうか。親と離れて、一人きりでいるのに、私を見上げることもしない。一歩一歩と踏み出す度、いつこの子に手を振り払われるかどきどきして、左腕の感覚だけが研ぎ澄まされる。
その子に手を握られたまま、いつの間にかお姉ちゃんも見当たらなくなった土産物コーナーを一周回った。どうしたものかと、ぎこちない動きのまま二周目に入ろうとしたとき、その子は手を握ったときと同じように唐突に、するりと手を離した。
目で追おうとしたけれど、離された手から視線を上げたときには、その子は見当たらなくなっていた。



「善明くんももう一つ食べて。長生きしてもらわないとね」
とたまごをよこして、お義母さんはお手洗いに行った。
三つ目のたまごを頬張りながら、檀くんが言った。
「よしくん。顔色悪いよ」
 顔を上げる。檀くんは目にかかる前髪を掻き上げて、こちらを見た。こうして見ると整った顔をしているな。ちょこんと乗っかった小さな鼻が、すぐりとよく似ている、とぼんやり思う。
「酔ったか」
お義父さんも僕の顔を覗き込む。
「すいません」
「いや、謝ることじゃない。君も疲れているんだろう。大丈夫だ。すぐりのことは私らに任せて、外で空気でも吸ってくるといい」

すぐりの卵

ページ: 1 2 3 4 5 6 7 8 9

この作品を
みんなにシェア

6月期作品のトップへ