隣の家の弟
ユウキくんは隣の家の二階に住んでいる。ベランダと家と家の境界を挟んで、ユウキくんの部屋はちょうど弟の部屋の正面にある。昔はよく三人でベランダに出て話したものだ。とはいえ待ち合わせたというわけではない。三人のだれかが先にベランダに出ていて、そこにたまたま他のふたりのうちひとりがベランダに出る。するとふたりの話し声を聞いた残りのひとりもベランダに出て二等辺三角形の会話をする。なにを話したのかはまったく記憶にない。笑い声が飛び交っていたといことだけが残っている。
弟がラジオ体操を軽くしてから部屋にもどり、大音量でエレクロニックな音楽をかけるとタイミングを見計らったかのように今度はユウキくんがベランダに出てくる。見える範囲ではユウキくんの部屋には世界地図のポスターがかかっている。本棚には参考書がある。タイトルまではっきりと見える。目がいいのだ。私が昔使っていた参考書だ。本棚の上にある熊のぬいぐるみがまるで私がそっちを見るように私のことを見ている。ユウキくんがベランダの柵を両手で持って、体重を預けて深呼吸をする。それからエアコン室外機の下を弄って再び立ち上がったユウキくんは口にたばこをくわえている。もしかして不良なのかもしれないと思ったがユウキくんはこの前成人したところだった。だから不良ではない。そういう意味でいうと弟もたばこを吸うのだけどたばこを吸うから不良などとは偏見も甚だしいと自戒した。私とユウキくんと弟は二歳ずつ離れている。だから私にとってユウキくんは弟のようなもので弟にとってはユウキくんは兄のようなものなのだろうと小さいときは思っていた。縁側の窓が開いて隣の家の父親が出てきた。ユウキくんはにおいでたばこを吸っていることをばれないようにとでもいうようにたばこをもみ消して、手をぶんぶんと振った。それから静かに部屋にもどった。
もろもろの手続きをしにいった大学からの帰り道に弟を見かけた。古着屋さんの前でしゃがみこんでいてちょっと店員さんのようにさえ見える。うしろから見なくてもうしろから見たとしたらパンツが見えまくっているのだろうというくらい腰パンをしている。そのままぼーっとしていてなんの焦りもないように見える。予備校をさぼっているのかもしれない。ちょっとあんた受験勉強ちゃんとしなさいよとでもいおうかと思ったけれどそういうのは両親に折々にいわれているかもしれないと思ってなにもいわなかった。敵とか味方とかそういうのではないけれど、私はできるだけ弟のすることに口を出したくはない。どうせもうすぐ出ていくのだから、無責任なことはいいたくはない。
隣の家の弟